更なる交渉決裂
根本的な問いかけをした「シルヴィクル」は、その鋭い目をわたしたちに向ける。
この世界は本当に「すくみこ! 」の世界かどうか?
それを問いかけた意味は分からなくもないが、その是非を明言するには判断材料が足りないのでなんとも言いにくい。
「その『すくみこ! 』という世界をあまりよく知らないワタシたちに言われましても……」
真面目に考え込んだわたしに対して、横にいた「アルズヴェール」はさらりと流した。
「そうだったわね」
質問者である「シルヴィクル」は肩を竦める。
「『すくみこ! 』は、正式名称『救いのみこは神様に愛されて! 』と言う名前よ。そして、『魔法探索~MAGICAL QUEST~』という少女漫画をベースとしたゲームということは知っているかしら?」
そう「シルヴィクル」が改めて質問をしたので。
「友人から話を聞いた限りですが……」
「姉からの知識程度に」
わたしと「アルズヴェール」がそれぞれ先ほどの自己紹介通り、口にした。
いけしゃあしゃあとはまさにこのことである。
「内容的には『すくみこ! 』よりなので、そちらを基本に話をさせてもらうわ。まあ、星を育成するゲーム……そのついでに、少しばかり女の子が喜ぶような恋愛要素が入っていると思っていただければ間違いないでしょう」
「そうなのですか」
わたしはそう相槌をうつが、心の中では「嘘つけ! 」と叫んでいた。
確かに育成ゲームとして売られていたが、その中身は乙女ゲームだ。
シナリオのほとんどを恋愛要素に使用しているゲームを育成メインとは言わない。
しかし、そう説明するってことは、彼女は、「ラシアレス」や「アルズヴェール」に恋愛してもらっちゃ困るって判断したのだろう。
特に「アルズヴェール」は、ライバルヒロインとしても最強だった。
単純に初心者向けともいえる。
そこにいるだけで目を引く存在というのは、そこにいるだけで愛される存在にもなれるというご都合主義的な展開で、彼女はかなり選ばれやすい。
外見は同じように目を引く美少女「リアンズ」は、病弱のため、現実的には庇護欲をそそられるが、神様からは好かれにくく、一番難しいキャラでもあったのだが。
まあ、つまり、「七羽」の順番と言うのはゲームの難易度のようなものだとわたしは思っていた。
だから、「赤羽」とセットの「アルズヴェール」は一番楽で、「紫羽」の「リアンズ」は何回セーブ&ロードを繰り返したか分からないほど難しい主人公ということになる。
「だけど、少しずつ、『すくみこ! 』とは違っている。例えば、創造神という隠しキャラが出て来ていない」
「隠しキャラだから、出てきていないのではありませんか?」
彼女の言葉に「アルズヴェール」が疑問を呈す。
「貴女は本当に『すくみこ! 』をやっていないようね。隠しキャラは隠れていたわけではないの。恋愛対象として攻略するには一定の条件を満たす必要があるだけのことよ」
いや、得意そうに言っているけど、「アルズヴェール」は恐らく、「すくみこ! 」はやってなくても、他のゲーム……例えばギャルゲーやエロゲーと呼ばれるゲームの一つぐらいはやっていると思う。
あるいは、そう言った方面のゲームでを本当にやってなくても、他のゲームはやっているだろう。
だって、「彼女」は「彼」だから!
昨今のRPGだって「隠しキャラ」の演出は多いのだ。
そして、わたしはあまりやったことはないけれど、格闘ゲームにだって「隠しキャラ」はあるって聞いている。
中身が男性のこの人が、それらを全く知らないはずがないだろう。
まあ、良い気分になっているこの人にそれを教えても何の得にもならないだろうけどね。
「分かりやすく言えば、「すくみこ! 」というゲームと基本は同じだけど、細部が異なると思ってくれたら間違いないわ。私の考えだけど、その原因は恐らく……私たちという『みこ』の介入だと思うの」
「『みこ』の介入?」
なんのこっちゃ?
「みこ」はもともとこの世界にいるのでしょう?
「まだはっきりとは断言できないけれど、私たち『みこ』が全て、『プレイヤー』になるってことは原作ゲームでもなかった事象。つまり、これはシステムバグってことよ」
いや、プレイヤーとして操作するどころか、意識が入り込んでいる時点でバグってレベルじゃないよね!?
ヴァーチャルリアリティなゲームが増えてきた世界だけど、今の状況って現在の技術では再現できない「シミュレーテッド・リアリティ」というSFの世界に近いのだ。
大体、単なるバグで人間の意識がゲームの中に閉じ込められるっておかしくない?
しかも、「すくみこ! 」は10年も昔のゲームなのだ。
それが今更、発動するって何の呪い?
いろいろおかしい話だ。
せめて、プレイ中だったなら、その論は信憑性を帯びてくる気はするのだけど。
「面白い仮説ですね、『シルヴィクル』さん」
脳内でわたしが懸命に突っ込みまくっていると、「アルズヴェール」はにっこり笑って言った。
「ワタシたち『みこ』という『異物』が混ざることで、この世界が崩れたなら……、世界はあるべき元の姿に戻ろうとするのでしょうか?」
「『世界の意思』ってやつね。勿論、その可能性はあると思っているわ」
おいおい?
なんか厨二病みたいな話になってきましたよ?
いや、この状況が既に厨二病の妄想みたいな状況だけどさ!?
「どんな形で?」
「さあ? この世界の意思が私たちの常識と同じとは限らない。今の段階ではなんとも言えないわねえ……」
結局分からないんかい!
わたしは、頭の中で華麗に裏拳を放ち、ずばっと突っ込む。
「だから、手を組みましょう? 『アルズヴェール』と『ラシアレス』。他の四人が動かなくても、私たち上位三人が手を組めば、この世界はきっと救われる」
そう自信ありげに「シルヴィクル」は手を差し出した。
まあ、「アルズヴェール」だけでもクリアできそうなゲームだったからね。
でも、確かに「赤羽」、「橙羽」、「黄羽」はゲームの進みが早いけれど、それでも、「上位」って言い方はどうなの?
ちょっとばかり選民意識ってやつが入ってない?
だから、わたしはきっぱりと返答した。
「考えさせてください」
少なくとも、わたしは苦手なタイプと手を結ぶ気はない。
確かに情報は、原作を読んでいる分、わたしよりは持っているだろうけど、それを差し引いても、わたしは自分を下に見ようとする人間は好きになれないのだ。
「ワタシも……考えさせてください」
わたしの返答を聞いた後で、「アルズヴェール」も同じように答える。
「何も知らない貴女たちを導いてあげようというのに?」
まさか断られるとは思っていなかったのか、「シルヴィクル」は目を丸くしながら、そう問いかける。
「確かによく分かっていないのですが……、先ほどの神様たちの話を聞いた限りでは、まず、自分でやってみたいのです」
わたしはできるだけ、笑顔で物を知らないようなフリをする。
幼く天真爛漫に見えて愛らしい容姿の「ラシアレス」は、長身美女に侮られているぐらいがちょうど良い。
だが、残念!
中身は四半世紀ほど生きた真っ黒な女だがな!
「ワタシも貴女の手を借りずに自分で頑張ってみます」
メイン主人公「アルズヴェール」は分かりやすく挑戦的な瞳をしていた。
その綺麗なお顔から、少しばかり地が出てますよ、「アルズヴェール」さん?
「そう。残念ね」
溜息を吐きつつも、「シルヴィクル」はどこか諦めたような顔でそう言った。
「気が変わったら、いらっしゃい。二人とも」
そう言うが、彼女は「アルズヴェール」ではなく、わたしだけに微笑んでいた。
どうやら、「アルズヴェール」は彼女に敵として、認定をされたようだ。
まあ、そんな内情など知ったことではない。
わたしの邪魔をしなければ、放っておいても害はないだろう。
ゲーム内の妨害ならある程度覚えているから回避もできなくはないと思っているし。
わたしは、そう結論付けたのだった。
ここまでお読みいただきありがとうございました。




