神子たちの決裂
一人の少女の発言により、周囲は静まり返る。
「みこ」の一人である「リアンズ」は言った。
「自分は人類を救う気はない」と。
「どうして?」
そう発言したのは、「トルシア」だった。
「ここは、上手くいけば美形とウハウハな世界よ?」
いや、その発言だけ聞いても、貴女はある意味、心から人類を救うつもりはないよね?
自分の目的のために、神様たちから言い渡された「箱庭」の育成を利用するのであって、彼女の目的はそこではないのだ。
だが、「リアンズ」の回答はその上をいく。
「めんどい」
一言だけ告げる銀髪の儚げな美少女。
だが、その答えは、このわたしたちが置かれている状況の、根底を覆してしまうものでもあった。
ああ、まだ15歳だものね。
自分のことでも手一杯なのに、さらに知らない世界を救えとか考えることはできないわ……ってことなのかな?
「あんた馬鹿かあああっ!!」
そう叫んだのは、意外にも「キャナリダ」だった。
どうやら、「シルヴィクル」と「トルシア」は、出遅れたらしい。
二人して、金魚のように口をパクパクしていた。
「私たち『みこ』が動かなきゃ、神様たちだって困るのよ?」
そう尤もなことを「キャナリダ」は言った。
どうやら、彼女は意外にも真面目に取り組むつもりらしい。
まあ、物語が進めば、「みこ」たちだけではなく、神様同士の接触も増えるからね。
美形同士が近付いて、感情をぶつけあうような激しい場面も、目の保養と言いきってしまいそうな彼女。
それを考えれば、確かに彼女は話を早く進めたい派なのだろう。
「馬鹿で結構。神々に興味はない」
病弱な印象。
そして、その中身はクールビューティー系か。
まあ、15歳ってそんな風に振舞いたいお年頃だよね?
だけど、そのまま突き進むのはお勧めしない。
ちょっと気取ったことを言いたくなって、10年後にその頃、関わった全ての人間の記憶を消したくなる衝動にかられるところまでセットとなっている。
どこのわたしだ?
でも、一人が仕事しなくても、「すくみこ! 」の世界なら、そのまま話を動かすことはできる。
部屋に籠ったままでも時間は進むのだ。
そして、それでも、創造神が怒り狂うEDにはならない。
創造神を怒らせるためには、意図的に神様たちの好感度を均等に下げ、さらに他の「みこ」たちの動きを妨害する必要がある。
あの最悪な場面を見るためだけに、自分が黒い人間になった気がして、正直、嫌だったが、慣れてくると感覚が麻痺してくるので、感情よりも効率重視となってしまった。
乙女ゲームが作業ゲームと化した瞬間である。
そして、その妨害に一番、手強いのは「アルズヴェール」だった。
流石はメイン主人公といったところか。
数々の妨害をくぐり抜けて、見事に「箱庭」を育て上げ、人類を繁栄へと導いてしまうのだ。
だから、創造神のCGを回収するためなら、「アルズヴェール」を選んで行った方が良い。
どの主人公で進めても、「箱庭」の育成が未完成で創造神に怒られてしまうEDは一緒なのだ。
そして、それだけ頑張ってもCGは1枚しかない。
それでも、全主人公で見た猛者たちはいるようだけど。
「話はそれだけ?」
そんな「リアンズ」の言葉で、わたしは今の状況を思い出す。
「それじゃあ」
止める間もなく、彼女はその長い銀髪を翻して、颯爽と部屋から出て行ってしまった。
「な、何!? あの小娘?」
まあ、「シルヴィクル」が彼女のことを「小娘」と、そう言いたくなるのは分からなくもない。
彼女は外見も中身も15歳。
外見詐欺……失礼、中身が31歳の彼女とは親子ほどの差となる。
「まあまあ、姐さん、そう怒らないで」
「姐さんって、言うな!」
今度は「トルシア」が慰める。
いや、これって、慰めてる……のか?
どこか嬉しそうな辺り、絶対、煽りも入っているよね?
「ところで、『シルヴィクル』さん? なんで、ワタシたちって集められたのですか?」
正統派美少女に見える「アルズヴェール」が、その場の空気を入れ換えるような声をかける。
中身、残念な殿方だってことは知っているけど、普通に立っているだけでも目を引く美少女と言うのは、「みこ」の中でも、彼女と、先ほどまでいた「リアンズ」ぐらいだろう。
他の「みこ」たちも可愛くはあるけれど、彼女たちほど他者を惹きつけず……、まあ、「普通の美少女」ってところだ。
わたしの外見である「ラシアレス」は日本人形みたいに可愛らしくはあるけれど……、人目を引くのは顔よりその可愛らしすぎる身長にある。
これで、「アルズヴェール」ぐらいの背丈があれば、もう少し、和的な美少女となったかもしれないけれど、それぞれ個別ヒロインという以上、ある程度、7人は個性的でなければならない。
ちょっと残念だよね。
そんな彼女の問いかけに対して、「シルヴィクル」は自信満々にこう告げる。
「当然、情報共有よ!」
これまでの話を聞いた限り、お互いに共有できるほどの情報があるかどうかがさっぱり分かりませんが?
そして、明らかに人選ミスだと思われる。
少なくとも、この場にいる人間たちに共有しようって感覚がないのだから。
「ああ、そうなんだ~。じゃあ、そんなんなら、私はパス! 互いに狙っている神様が分かっただけでもう、十分だから。貴女たちは、好きに世界を救っちゃって。」
と、「トルシア」も手を振りながら、悠然と部屋を出て行く。
彼女はもともと本命の相手を狙うと公言していた。
情報共有など、足の引っ張り合いにしかならないだろう。
下手をすれば、邪魔するために誤った情報を流してくるリスクも孕んでいる。
「私も良いです。こうしている間にも、神様たちの煌びやかな絡みイベントが発生しているかもしれないし」
と、「キャナリダ」も言って、いそいそと部屋から出て行く。
彼女は神様が仲良くしているところを見たい人間だ。
「トルシア」とは、別の意味で足を引っ張りかねない。
主に、組み合わせ的な問題で。
そして、そっちの情報はわたしもいらない。
「えっと……、私も失礼いたします」
そう言いながら、そそくさと「マルカンデ」も足早に退室する。
情報共有自体に興味はあるのだろうけど、男性が苦手な彼女は、一方的に情報を享受するだけになってしまうだろう。
それに、彼女は他人の顔色を窺う部分もあるようだ。
ここまで、旗色が変わるまでは迷っていたようだが、賑やかな二人が去った後は、あまり迷いを見せなかった。
「ワタシたちも行きますか?」
わたしに向かって、にっこりと微笑む「アルズヴェール」。
その笑顔の背後にドス黒いものを感じるのは気のせいか?
だけど、どこか縋るような目をした年上女性をこのままにしておくのも、ちょっとどうかと迷ってしまう。
我ながら、甘い。
『良いから、行くぞ』
わたしの肩を引き寄せるなり、「アルズヴェール」が耳元で囁くように地を出した。
うん、やっぱり、「彼女」が「彼」だったのは間違いない。
そして、ある程度の猫を被ることもできるようだ。
正直、あまりの変わりようにさっきまでは疑っていた。
女も怖いけど、女の皮を被った男も怖いものなんだね。
だが、何故、わたしの肩を抱いて一緒に行こうとする?
わたしと貴女は行動を共にする理由なんてないよね?
大体、さっき、貴女はこの「ラシアレス」に何をしてくださいましたっけ?
勢いのまま、そう問い詰めたいが、ここは我慢した。
それでも、この手慣れた行動に対しては、自然と自分の肩に置かれた右手を払い除けたくもなったのだが。
「『アルズヴェール』、『ラシアレス』」
部屋から、揃って出て行こうとしたわたしたちは、不意に「シルヴィクル」から声をかけられて、その動きを止める。
名前を呼ばれたからではない。
彼女は真剣な眼差しのまま、こう口にしたからだ。
「貴女たちはこの世界が本当に『すくみこ! 』の世界だと思う?」
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