残念な神子たち
わたしの次は本来「黄羽」の順だが、「シルヴィクル」は既に紹介を終えているので、次の少女の番になった。
「私は『マルカンデ』らしいです。原作も読みましたし、ゲームも一応、クリアしています」
そう言って、緑色の髪の少女は挨拶を始めた。
背後に神様たちがいた時は、ちょっとおどおどしていたように見えたけど、今はそんな様子が見られなかった。
緊張をしてしまう子なのかもしれない。
「年齢は23歳。本名は『高崎 星南』です。私も生きていたはずなので、転生者ではないです。ゲーム内の本命、そこまで特別視する神様はいません。その……、男の人、苦手なので、神様でもあまり接したくないです」
ああ、なるほど。
それで、彼女は背後の神様相手に震えていたのだ。
質問もしなかったのは、そういうことだったのか。
しかし、それなのに、こんな状況と言うのはかなり可哀そうだと思う。
相方も、協力者も力を貸してくれるのは、異性ばかりなのだ。
この世界を「すくみこ! 」と同じ世界と仮定して考えると、男性が苦手というのはある意味、かなり難しくなる。
好感度がある程度上がると、どの神様も有益な情報をくれるようになる。
そして、手助けしてくれる分も増えるのだ。
誰の好感度を上げずに育成クリアを目指す、縛りプレイというのもあるけれど、やってみたことはない。
かなり難しいことだけは知っているけどね。
「え~? なんで~!?」
そんな「マルカンデ」の言葉に、「信じられない」と言わんばかりの反応をしたのは「トルシア」だった。
これまでの発言を聞いた限りでは、彼女に理解できないのも分からなくはない。
そして、「シルヴィクル」は「それは大変ね」と彼女を優しく慰めながらもニヤリと笑みを零している。
この二人は反応が分かりやすい。
間違えてはいけないのは、このゲーム。
育成はするけど、ライバルとその状況を競うゲームではないのだ。
本来、人類の滅びを止めるためのもの。
そこに競争意識を持ってくること自体は悪くないけれど、足の引っ張り合いに発展しても困るという考え方だろう。
だから、明確に他の主人公たちと成果を比較するような場面の描写はなかったと思う。
但し、ご褒美については、高い成果を出した人から順番に創造神から指名されていたようなので、やはりある程度の優位性は保った方が良いというのが、通説であった。
順番が後ろになってしまうと本命に告白する前に、他の主人公にお目当ての神様が掻っ攫われてしまうという結果もある。
あれは切なかった……。
目の前で、他の主人公が振られてしまうという容赦のない場面も見てきたが。
ただその成果の判断基準はかなり複雑な計算になっているらしく、「実はこの結果ってランダムじゃねえか? 」とまで言われていたのは、ある意味、「すくみこ! 」の特徴の一つといえなくもないだろう。
それでも多くの暇人たち……失礼、地道に検証することが好きな変人……いや、心強い有志たちによって、ある程度、それに近いと思われる結果は出せるようになったとは聞いている。
わたしは流石にそこまでのやり込みはしなかったけれどね。
学生さんにそんな時間はないのです。
「現実の男の人はがさつで乱暴な方が多いではありませんか」
あ~、うん。
なんとなくわたしのすぐ横にいる金髪美少女の反応を見たい衝動にかられたが、必死で我慢した。
でも、具体的に何か被害にあったとかではなく、「相手を良く知らないから苦手」ってタイプなら、まだ救いはある気がする。
理想が高すぎるだけの話だから。
これが、具体的に怖い目にあったとか、騙されたとかでは、実体験が伴ってしまうので解決が難しくなると思うけどね。
「大丈夫だよ! ここは『すくみこ! 』の世界! 神様はムダ毛もないし、トイレにもいかないんだから! まさに理想の男たち!」
……もはや、彼女の発言については何も言うまい。
しかし、困ったことに、次の順番は、青羽。
先ほどからかなり問題発言が多い彼女が自己紹介する番だ。
「次は私ね! 『トルシア』担当! 『春田 都』! 27歳! 私も死んでないはずなので転移者で間違いなし! 本命は創造神サイエクさま! でも、無理っぽいので次点の橙羽ヴェント様を落とします!」
そう高々と断言した。
いっそ、清々しく思えるほどに。
そして……、この人もまさかの年上でしたか。
尤も、「すくみこ! 」自体が10年前のゲームだから、それを知っている20歳の「アルズヴェール」が稀少なのかもしれないのだけど。
「つまり、貴女がライバルよ! ラシアレス!! 見てなさい!」
そう言いながら、橙色の羽の神様が協力者となったわたしに指を差す。
正直、知らんがな、と言いたい。
勝手にやってくれ、とも。
だけど、これだけは言っておかないといけない気がした。
「よく分からないのですが、わたしに協力してくださる神様は、『ヴェント』様ではなく、『ズィード』様という名前でしたよ?」
流石に神様の名前を間違え続けるのは非礼だろう。
この勢いでは、この部屋から出たら、すぐにアタックを始めそうな勢いだから、ここで訂正しておかないと。
「え? そうなの? でも、良いわ。私の中では『橙羽』は『ヴェント』様なのだから!」
いや、良くねえよ?
ああ、残念な大人がいる。
人の好さそうなズィード様が困る姿が目に浮かんだが……、思い込みが激しい人間の軌道を修正するような術をわたしは持っていない。
彼女が目が覚めるか、諦めるか。
どちらにしても、早めにズィード様にはお伝えしておこう。
「みこ」の中に、イタい言動の少女がいるので気を付けてくださいって。
「私は『キャナリダ』らしいです。おかしいな~、即売会中だったはずなのに……」
そう言いながら、こげ茶色の髪の少女は首を傾げた。
どうやら、何か用事の途中だったらしい。
「『佐原 新』です。年齢は29歳。ペンネームは『裁縫 たぬ』です。生産性のない恋愛を隈なく観察するのが好きなので、本命は青×赤、次点は紫×黄です! どちらも逆は許せません!」
拳をぐっと握りしめながら「トルシア」のように宣言する少女。
「「は? 」」
だが、「シルヴィクル」と「トルシア」は、そのとんでも発言に対して、同時に目を丸くした。
ああ、うん。
この発言は一般の人には分からないと思う。
わたしも友人がその筋の人間じゃなければ、知ることもなかった世界。
どうやら、彼女はボーイズラブ好きな人間だと言っているのだ。
しかもペンネームってものがあるなら、相当深い沼にいる人だと思う。
もしかしたら、わたしの友人のことも知っているかもしれない。
後で、こっそりと確認しておこう。
「まさかリアルで神様の絡みが見れるようになるとは! 余すことなく観察して資料をいっぱい持ち帰らなきゃ! 実は、3次のBLって、絶対、無理だと思っていたけど、あれなら許せる!」
どうやら、「トルシア」と別方面でイタい人らしい。
「なんで、BL畑が乙女ゲームなんてやってるのよ!?」
ようやくその事実に気付いた「トルシア」がそう叫ぶ。
「そこに綺麗な男性がいっぱいいるから。女はいらん。邪魔だから」
きっぱりと言い切った「キャナリダ」。
ああ、友人もそんなことを言っていた。
因みにわたしに「すくみこ!」をすすめたのはその友人です。
どちらかと言うと自己投影型の「夢女子」と呼ばれる「トルシア」と、男性同士の恋愛観察が好きな「腐女子」と認知された「キャナリダ」。
彼女たちは決して相容れることはないのだろう。
そして、これらの論争に深入りはしてはならぬ。
巻き込まれても良いことはないのだ。
「え、えっと……。最後に、『リアンズ』? 自己紹介をお願いしても良いかしら?」
なんとか流れを変えようと「シルヴィクル」は最後の一人に声をかける。
「『リアンズ』、『上野 美影』、15。死んだ覚えもないし、原作もゲームも知ってる」
病的なまでに白い肌の少女は淡々と簡潔に言う。
そして……。
「だけど、私は、人類を救う気はない」
低く冷たい声で、彼女はそう言い放ったのだった。
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