物語は唐突に始まる
ピンクとフリルでキラキラと煌めく夢の世界。
女の子はいつだって光り輝くお姫さま。
「いや、ね~わ」
わたしは、一人、誰もいない部屋で目の前のPC画面に向かって呟く。
歳を取ると、独り言が多くなって困るが、思わず突っ込みを入れたくなるような文章の表示だったので仕方がないと思う。
既に成人しているため「女の子」というカテゴリからは疾うに抜け出していると言われそうだが、この際、そこが問題なのではない。
この世に生を享けて、四半世紀。
一度だって光り輝いた覚えなどないのだから。
誤解のないように言っておくが、わたしは別に引き籠りでもニートでもなく、立派に仕事をしている身である。
いや、自分では立派だとは思っているけれど、他人から見たら苦笑するかもしれない。
でも、それなりに仕事をしている現代社会の歯車の一員ではあるのだ。
「このブラウザゲームもそろそろ、飽きてきたな……」
ディスプレイには、ログインボーナスを受け取り、キャラクターたちの育成もせず、ストーリーも碌に進めていないゲームが映し出されている。
一日限定無料のガチャを回し、たまに運営からメンテナンスや不具合などのお詫びで貰える宝石を使ってキャラクターの収集だけをする日々。
ああ、なんて空しいのだろう。
課金でもすれば、気分が盛り上がるかもしれないが、そこまでの情熱を最近のゲームに対して持ち合わせてはいなかった。
学生時代からゲームに明け暮れていた。
……と、言っても、ゲームセンターに行くような度胸はなかったので、家庭用ゲーム機ばかりだったが。
漫画やアニメは一部を除いてそこまで興味を持つことができなかったが、それでも世間一般の物差しで測れば、オタクと呼ばれる種族に属していただろう。
だが、人生を投げうつようなことはしていない。
親から決められた時間を守り、定期的に与えられる金額と、気紛れにある臨時収入やバイトで得た報酬を越えるようなことはせず、趣味の範囲を抜け出てはいなかったと思う。
二次創作作品に関しては、公式が出したゲームのアンソロジーや漫画のスピンオフなど友人たちから借りて読んだぐらいだろうか。
友人たちと違って、腐ることはなかったが、参考書として渡された物には目を通していたので、一般的な女子大生、女子中高生よりはそっち方面の話に耐性はできていると思う。
だが、私財を大量に投じてまで二次創作の沼に嵌ろうとは思えなかった。
文才や絵心がないことを自覚しているのも理由の一つではあったが、自分の独りよがりな妄想に時間やお金を使うぐらいなら、公式が出す作品に対してこそ、自分の数少ない時間とお金を消費したいと思うことは悪くないだろう。
いや、二次創作自体を否定しているわけではない。
こうなったら良いなと思うIFの世界。
救いのない物語にこそ必要な救済の願望。
それを形にできることは、本当に素晴らしいと思う。
ただ、自分にはそれができなかっただけの話だ。
そんなに想像力を駆使しても、公式が否定すればすぐに揺らいでしまう。
だから、わたしは自分が創造主になることは考えなかった。
そして、学生時代よりもっと時間に余裕がなくなった現在。
家庭用ゲーム機は実家から持っては来たものの、それに電源を入れて遊ぶことはしなくなった。
ぶっちゃけると、かなり面倒なのである。
電源を入れてからのローディングの長さとか、アップデートがあった時には別のことをしているうちにすっかり忘れてしまうことも増えた。
スマホなどのソーシャルゲームにも手を出してはみたが、広告の多さや露骨な課金誘導にげんなりする。
わたしは、ストレス解消のためのゲームでストレスを溜めたくはなかった。
その結果、PCの無料でできるブラウザゲームをいくつも同時に立ち上げて、インターネットをしながら、2窓どころか4窓プレイをしているが、流石にそれも飽きたし、何よりも疲れてきた。
いちいち切り替えるのが面倒だし、何よりも空しい。
「昔のゲームはもっとストーリーがあった気もする……」
無料で提供されるゲームと、先にお金を出して購入している家庭用ゲームが同じ感覚であってもおかしいのだが、そんな判断もできない程度には、わたしも疲れていたのだろう。
ゲームを終了するために、一つずつ、ブラウザを閉じていく。
―――― ぶぉんっ
だが、最後の一つを閉じた直後に、低くて妙な音が、自分の頭の上で聞こえた気がした。
それはどこか機械的な音だったと思う。
でも、わたしがその音について、深く考えることができないまま、まるでPCの電源を強制的に落としたかのように、わたしの視界も真っ暗になってしまったのだ。
****
「ほ?」
わたしの口からは思わず奇妙な声が漏れていた。
自分の部屋にいたはずなのに、何故か見知らぬところにいれば、誰だってわたしと同じような反応をしてしまうことだろう。
わたしは見知らぬ場所の黒い床に座り込んでいた。
どうやら、どこかの広間っぽい。
この広間の周囲には、自己主張が激しいカラフルな太い柱が8本、床から生えている。
その柱は、赤、黒、紫、濃い青など、それぞれ色が違う。
そして、その8本の柱は弧を描いて天井の中心でまとまっていた。
それらの柱と柱の間の壁は、それぞれ天井部分まで石膏のように真っ白だ。
だが、一ヶ所だけ。赤と橙の柱の間だけ、木炭のように真っ黒な扉がある。
黒い扉はドアノブっぽいものが見当たらない気がするが、それでも何故かそれが扉だと分かった。
その扉や壁、8本の柱をよく観察したかったけれど、床は黒い半透明のガラスに似ていたため、この場所からあまり移動をしたくはなかった。
もしかしなくても、角度によってはスカートの中身が映し出される鏡になってしまうのではないだろうか?
25歳の疲れたOLのスカートの中身など映し出されたところで、誰が得するのだ? と思う。
そこまで考えて、わたしはようやくあることに気付いた。
わたしは先ほどまで部屋着だったと思う。
でも、今、着ている服は橙色を基調としたどこか高級感漂うお洋服。
いつものよれよれっとした着古し……、いや、着慣れたジャージとは違ったのだ。
そうと分かると、か弱い乙女のようにへたり込んでいる場合ではない。
幸い、わたしの周囲に人気は無し。
気を使う必要などどこにもなかった。
調べないことには何も話が進まないだろう。
ゲームとかはそうなのだ。
尤も、これがゲームなら、チュートリアルと称して、訳知り顔の偉い人か、可愛らしいマスコットキャラクターが状況説明をしてくれるところなのだろうが、残念ながら、現実は甘くなかった。
わたしは、すぐ隣の赤い柱と橙色の柱の間にある扉を調べようと手をのばしたが……、わたしの手を触れる前に、いきなりその扉が消えて、他の場所のように真っ白な壁になってしまった。
「は?」
これは何の嫌がらせだろうか?
わたしが触れると、扉が消える……、とか?
しかし、その直後、その白い壁から抜け出る……というか、吐き出されるようにして、一人の少女が転がり出てきたのだった。
いや、「扉が消えた意味があったのか? 」とか「なんで壁から女の子が!? 」とか疑問は多々ある。
でも、それ以上に……わたしの頭にあったのは、何故か初めて見るはずのこの少女に見覚えがあるということだった。
その少女は肌が白く、金色のふわふわした髪をサイドから後ろでまとめ、大きな赤いリボンをつけていた。
着ている服も、白いブラウスに赤のジャンパースカート。
着る人間を選ぶ色合いとデザインではあるが、彼女にはよく似合っている。
しかし、何より特筆すべき部分は、彼女の瞳の色だ。
四半世紀の人生で紅い瞳をしている人にあったのは初めてである。
確か、虹彩が赤くなるのはアルビノと呼ばれる色素が極端に薄い人にしか現れないと聞いているが、現実に見ることがあるとは思わなかった。
見た目は14,5歳ぐらいだが……、東洋人より西洋人は更け……いや、大人びて見えると聞いている。
だから、もう少し、年下かもしれない。
個人的な願望として、ダブルスコアだけは勘弁願いたいものだ。
そんな特徴的な容姿をした少女は、何故か口に手を当て、目を丸くしてわたしに言った。
「ラシアレス?」
金髪の美少女の口から飛び出した言葉「ラシアレス」。
わたしはこの単語に覚えがあった。
初めて、その言葉を聞いた時は「ラフレシア」に似ていると思ったので、余計に印象強かったのだとも思う。
落ち着いて考えよう。
あれはいつだ?
学生時代だ!!
どこでだ?
実家だ!! それも本棚に囲まれたわたしだけの部屋!
その閉ざされた私的な空間で、テレビの画面に映っていた黒い髪、黒い瞳の少女。
その名前が確か……「ラシアレス」だった。
…………え? 何?
ちょっと待って?
いやいや、ないでしょ?
そんなことありえない。
そんなことがあろうはずがございませんわ。
だって、テレビに映っていたと言っても、あれですよ。
アイドルとか芸能人ではないのです。
アニメとかゲームとか……その……、2次元と呼ばれている世界の住人の名前だったりするのです。
つまり、もう一度言わせていただくと……ありえない!!
せめて2.5次元なら分かるし、許せる。
でも2次元。
平面世界ですよ? なんで立体化してるのさ!?
それも……。
「ラシアレス」って……10年前にやっていた乙女ゲームの主人公(その2)の名前じゃなかったですかね!?
もう一つの作品「運命の女神は勇者に味方する」とともに、よろしくお願いいたします。
ここまでお読みいただきありがとうございました。