舞わない蝶《其の七》
舞台の中央に立つと私を囲む宮女達の少し速い心音、汗の香りからの緊張が伝わってくるような気がした。普段も皇帝や皇后様の前で舞を披露している彼女達だが、外国からの来賓も列席しているとなるとやはり緊張感は異なるのだろう。
いや……もしかすると私と舞うのが今回で二回目だからかもしれない。
しかし宮女達は曲が流れると先ほどまでの緊張を全く感じさせない優雅な身のこなしで踊り始める。流石、国を挙げた試験を合格しているだけはある。
それに倣うように私も帯に描かれた舞を忠実になぞっていく。舞の神髄のようなものは分からないが、一挙手一投足間違えないよう丁寧に丁寧に帯の織り目を拾っていく。
遠くから「蓮香……」と驚いたような瑛庚様の声が聞こえてきたような気もしたが、今は彼の様子を気にしている間はない。それほど無我夢中で踊っていた。気付いた時には曲は終わり、私は他の宮女とともに跪礼した。
パラパラと拍手が始まった瞬間、
「瑞季!」
とつんざくような叫び声が聞こえてきた。
突然投げかけられた言葉に拍手はピタリと止む。
異様な空気に私だけでなく周囲の宮女達も無言で驚いているのが伝わってきた。薇瑜様が「兄上、お待ちください」と制止しているところを見ると、今回の主賓である隣国の皇子のものなのだろう。
少しすると薇瑜様の制止を振り払うようにして、男の足音が私達の方へ向かってくる。どうやら彼は最初から目当ての踊り子がいたのか……。妙な心配をして馬鹿みたいだな――と内心安堵した瞬間、体がフワリと宙に浮くのを感じた。
子供を抱きかかえるように脇から抱えあげられたのだ。
「瑞季だろ!? こんな所にいたのか!」
「ど、どなたかとお間違えでは……」
予想を大きく裏切った皇子の反応に思わず体が硬くなるのを感じた。
「間違えるものか! そなたは私を忘れたか?」
なぜ分からないといった様子で背中をポンポンと叩かれるが私の記憶には彼らしき人物が存在していない。
「ですから! 後で時間を作ると申し上げておりますでしょ!」
珍しく慌てた様子で駆け寄られた薇瑜様は、そう言って皇子をたしなめるが彼は気にした様子もなく豪快にハハハッと笑う。
「相変わらずお前は性格が悪い。ここに瑞季がいるのが分かっていながら、こんな踊り子の真似事をさせていたのか」
「このような場所でそのようなことを……」
薇瑜様が珍しくやり込められている光景に思わず唖然とさせられた。おそらく五年近く会っていなかったであろう二人だが、再会すると兄妹という関係に戻るのだろう。
「陛下! この娘をくださいませ!」
皇子は少しすると見物席にいる瑛庚様にそう叫んだ。
「いや……まだ、全ての舞が終わったわけでは――」
瑛庚様はやはり慌てて私達の元へと駆け寄る。何とかしてくれと無言で訴えてみるが、「いや」「しかし」など的を得ない文言ばかりをモゴモゴと口にしている。
「私は長年、この者を探しておりました」
「と、おっしゃると?」
突然、皇子の口調が真面目になったことに瑛庚様の声にも緊張が走るのを感じた。
「実はこの者は幼き頃、我が宮からかどわかされた妹なのです」
衝撃の事実に私は思わず言葉を失う。私を抱きかかえている皇子の腕をそっと触り、脈を計ってみるが、特に早くなった様子はない。少なくとも彼本人は嘘をついているという認識はないようだ。
「しかし、蓮香は十になる頃には既に我が国にいたはずだが――」
瑛庚様の言葉に私は何度も頷く。物心がついたころは村で過ごしており、瑛庚様、耀世様ともその村で出会った。
「この痣でございます」
皇子はそう言うと私の背中を瑛庚様達に見せるようにグルリと反転する。
「花みたいな美しい痣がございます。この者が生まれた時、この痣を見た易者が『傾国の美女になる』と予言したんです。こんな珍しい痣、見間違えるはずがございません」
少し前、絵師に似顔絵を描いてもらった時、右肩甲骨に「花のような痣がある」と指摘されたことをにわかに思い出す。
「我が国では未だに痣がある年頃の娘を探していましたが――。ここにいたか……」
心から安堵したというため息に、私は彼だけでなく両親からも非常に大切に思われていたことを知り胸が温かくなるのを感じた。
「薇瑜、瑞季がここにいると分かっていて便りをくれたのだな! 偉いぞ!!」
皇子は私を床に下すと、近くにいた薇瑜様の肩を乱暴にポンポンと叩く。それをうっとうしいといった様子で薇瑜様はパッと払い「違いますよ」と小さく否定した。
「じゃあ……全てがこのために宴を開いたの?」
背後から投げかけられた言葉に一瞬にして血の気が引くのを感じた。その声は儷様のものだったからだ。





