まだらの紐
後宮では月に一度芸妓などを呼び見世物が披露されている。皇帝を筆頭に后妃などがそれを楽しむための催しだ。勿論、宮女は后妃の付き添いとして同席することはあるが、主だった観客として鑑賞することはない。
だがこの日、私は何故か末席とはいえ后妃らと共にこの催しに参加させられていた。陛下から直々に「来て欲しい」と命じられたのだ。
月一の催しということもあり、后妃らは競い合うようにしてめかしこんでおり、普段の作業着で連れてこられた私はそれだけでも浮いた存在だった。まるで『ここに宮女が紛れ込んでいます』と自ら宣伝しているようなものなのだから。
西国から訪れたという曲芸師の見世物に観客である后妃や宮女らは歓声の声を上げるが、私はため息しか出てこない。一刻もこの場を立ち去りたかった。
「楽しくないか?」
そっと声をかけられて私はギョッとして、その声の方へ振り向く。燿世様の声なのだ。
「な、なんで……」
ここへ案内された時は中央から瑛庚様の声がしたので彼がいても不思議ではないが、さすがに二人が並んで存在していたならば皇帝が二人存在することがバレてしまうはずだ。
「今は宦官として参加している」
小声でささやかれて、なるほどと納得する。後宮で働く身分が高い宦官は仮面のようなものを着用しており素顔が分からない。さらに声も微妙に変えており、確かに二人が並んで会話でもしないかぎり、影武者だということはバレないだろう。
「正直、私にはこのような場所は似合いません。このようなお戯れは止めてください」
「これでも遠慮させてもらっている。瑛庚はそなたと二人で見たかったようだが、さすがにそれは止めさせた」
現在、正二品までの后妃らは妊娠中ということで今回の催しには参加していないが、それでも従二品の后妃が我が物顔で皇帝の隣に座っているのは見ないでも想像できる。もし自分がその席に座っていたら……と思うと恐怖と緊張感から吐き気すら覚えた。
「実は、この曲芸の謎を解いてもらいたいのだ」
そう言われて初めて、なぜ自分がこの場に呼ばれたのかが分かった。
「今日は蛇使いが来ているが、笛で蛇が操れるというのがどうも不思議だ。特に瑛庚がこの演目が大好きで、自分でもできるように練習しているが上手く行かない」
蛇使いが吹く笛の音に合わせて蛇が踊る姿は確かに魔法を使っているように見える。それを自分でやってみよう……と思ったという瑛庚様は思ったよりも暇なのかもしれない。
「それで蛇使いに聞いてみたんだ。だが『秘伝の技でございます』としか教えてくれぬ。それで、そなたならば何か分かるかと思って呼んだんだ」
「それでしたら、このような場所を設けずに個人的に聞きに来てくだされば……」
「では分かるのか?」
ここまで大規模な蛇使いの曲芸を見たことはないが、村にも蛇使いが来たことがある。
「まず蛇が籠の中から出てくるのは、蛇使いが地面や籠を揺らして合図しているんです」
熟練の蛇使いになればなるほど、その合図が見えないように拍子を取っているように誤魔化すが、それが蛇が出てくる合図になっているのは間違いない。
「さらに蛇が音に合わせて踊っているのではなく、蛇使いが笛を動かす動きに合わせて動いているだけです。よくご覧になってください」
蛇使いの奏でる笛の音は上下左右に動いており、その動きに合わせて蛇が動いている音が聞こえてくる。奇妙な音楽が流れるから魔法か何かと思うが、実は蛇の生態を利用した曲芸でしかない。
「ですが、この方法が分かってもおそらく一朝一夕では蛇を踊らすことはできません。やはり何日もかけて蛇を調教していることには変わりません。この仕組みを『秘伝の技』と言われれば嘘ではないでしょうね」
「なるほど……。瑛庚はあの笛の音が鍵となるのではないか、とあの音色を楽師に記録させ練習もしているんだが、なかなか上達しなくてな」
「まだらの紐のように美しいですからね」
「見たことがあるのか?」
燿世様の驚いたような声に私は思わず苦笑する。
「物心がついた頃には目は見えておりません。ただ村の皆が『まだらの紐』のようだと感心しており、そんな色合いの糸を作りたいと研究していたことがございます」
「確かに美しい紐に見えなくもないな。機織りをする者が見ると、そのように見えるのか……」
燿世様が子供のように感心するので、その研究をするために村人が何人か死んだという事実はあえて伝えないことにした。
多数のブックマーク、評価ありがとうございます。
子供の頃、一番最初に読んだ推理小説が『まだらの紐』でした。