猛毒となる解毒剤《其の六》
雪梅様の部屋を訪れた二日後、私の部屋には“皇帝”として訪れた瑛庚様の姿があった。
「素香は全て認めたらしいよ」
機織り機のすぐそばに置かれた長椅子に寝そべりながら、瑛庚様はそう言って酒が入った杯をいっきに仰いだ。
私の推理を聞いた耀世様が、衛兵を呼んで素香様を捕らえ尋問にかけられたことまでは知っていた。その後の新たな展開に思わず機を織る手が止まる。
「蓮香の推理通り、亡くなった夫の診療所が閉鎖したどさくさに紛れてヒ素を持ち出したらしい」
診療所にあったヒ素の量は決して多くなかっただろうが、人一人をヒ素中毒にするには十分な量だったに違いない。
「それと――素香の夫もヒ素で殺されていた可能性が浮上しているんだよね」
「やはり……」
「気付いていたんだ?」
これは事件と直接関係ないことだったため口にしなかったが、その可能性はかなり高いと考えていた。
「雪梅様が後宮に入るという話があった時、たまたま夫に先立たれた乳母が存在したというのは、いささか都合がよすぎると感じておりました」
「まぁ、後宮に一度入るとなかなか出てこれないからね~」
后妃付きとなれば、宮女といえど滅多なことでは後宮を出ることができない。
「おそらく夫に後宮行きを反対されたのではないでしょうか」
後宮に入るためには数年前から根回しをするということも決して珍しくない。最初に雪梅様の後宮入りの話が持ち上がった際、乳母である素香様に「一緒についてきて欲しい」という打診があったのだろう。
素香様は後宮入りを快諾したが、その職業の性質上から夫は反対したに違いない。
妻が宮女となることが自分自身の出世につながるため、後宮入りを賛成する夫もいるというが、町医者の場合、出世とは無関係な存在だ。そして素香様の後宮内での立ち位置は決して高くない。
だから雪梅様には「随行する」と伝え、夫には「断った」と言いつつ少しずつ毒を盛ったのだろう。ただ夫の場合は医療知識を持ち合わせているため、短期間に毒を盛った。その結果「急死」しているに違いない。
「雪梅様の容態はどうですか?」
雪梅様の病気の性質上、専属の宮医だけが彼女の部屋に出入りすることを許可され、宮女だけでなく伯母である小芳様も面会を許可されていない。
「解毒剤を飲ませているみたいだけど、こればっかりは時間がかかるらしいよ。まぁ、体調が戻ったら実家に帰らせようと思っている」
「なるほど――」
后妃が後宮を出るというのは特例だが、おそらく後宮にいてはまた似たようなことをしでかすに違いない。後宮を追われた后妃が住まう冷宮に追いやれば、さらに分かりやすい自殺未遂を繰り返すだろう。
「しっかし、そんなに“陛下からのお渡り”って嬉しいもんかね」
「雪梅様のやり方はやりすぎだとは思いますが……。皆様いかにして瑛庚様の目を集められるかを競っていらっしゃいますね」
正二品以上の后妃の元へ陛下が渡られないことが周知され、その熱は下がっているが、未だに新たに後宮に入ってきたばかりの后妃達は皇帝のお渡りを求めて躍起になっていると聞く。
「根だけでなく花も毒になる鈴蘭なんか生やして……そんなことで俺が行くと思ったのかな?」
馬鹿にした口調の瑛庚様の言い分はもっともだ。これまでも庭や部屋に自分の好きな花を飾って話題作りをする后妃達はいたが、それが理由となり瑛庚様がその后妃の元へ渡ることはなかった。
「ですが鈴蘭の根は乾燥させたり、他の植物と混ぜることで薬物としても活用されるんですよ」
「そうなのか!」
少し驚いたように体を起こした瑛庚様に向かい私は頷く。私の住んでいた村では鈴蘭は主に愛でるためではなく、薬草として栽培されていた。
「しっかり乾燥させなければいけませんし、配合を間違えると劇薬になってしまいますけどね」
だから鈴蘭を扱う専属の薬師がおり、行商人には高値で買い取ってもらえた。
「使い方次第ということでございますね。私は鈴蘭の香り、嫌いではございませんよ?」
爽やかな香りだけでなく華やかさも持つ鈴蘭の香りは、他の花と調合して香などに使用されることも少なくない。本当に使い方次第なのだ。
「俺は後宮に咲く一輪の花だけを愛でられればいい」
酒が入っていた杯を机に置くと、瑛庚様はそう言って私の手に自分の手のひらを重ねる。
「蓮香は愛でさせてくれる気はないようだけどね」
少しすねた口調に私は苦笑しながら、瑛庚様の手から自分の手をサッと抜き、再び機織りへと戻った。
「私の場合、来客は誰であれ仕事の邪魔にしかなりませんからね」
「俺は、じゃ、邪魔なのか!?」
驚いたような声を上げる瑛庚様に、あえて「邪魔です」という言葉を飲み込み私は無言で作業を再開することにした。
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