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猛毒となる解毒剤《其の五》

「一年前? その時は半月ほどで体調が戻ったというではないか」


 不思議そうに、そう言った耀世ヨウセイ様の言葉に私は頷く。


「左様でございます。前回は直ぐ治ったのに今回は直ぐ治らなかった。つまり……、毒を盛った人間が異なるからでございます」


 もし毒を盛った人間が同一人物ならば、今回も半月もしないで治っていただろう。


「ではもう一人犯人がいるのか?」


「はい。一年前の犯人は雪梅シュエメイ様ご自身だと思われます」


 私の推理に対して素香スーシャン様がゴクリとツバを飲む音が聞こえてきた。おそらく図星なのだろう。


「自分で毒を飲んだのか!? だがヒ素は診療所などでしか手に入らないと――」


「そうです。おそらく雪梅シュエメイ様はヒ素ではなく鈴蘭を用いたのだと思います」


「鈴蘭? あの花が毒に?」


 にわかに信じがたいという様子の耀世ヨウセイ様の言葉はもっともだ。可憐で小さな花が鈴なりに咲く鈴蘭から毒物のイメージを抱くのは難しいだろう。


「鈴蘭には根や花部分に毒が多く含まれています。特に根の部分はニンニクの芽と似ていることから誤飲して亡くなる人もいるようです」


「それを雪梅シュエメイ様が自ら飲んだというのか?」


 耀世ヨウセイ様の言葉を肯定するために私は静かに頷く。


「これはあくまでも推測ですが、雪梅シュエメイ様は後宮に入り皇帝からお渡りがないという状況にあることに驚かれたに違いありません」


 無理やり後宮に入れられたわけではなく、伯母である小芳シャオファン様を頼られて入宮されたぐらいだ。皇帝からの寵愛を受けることを彼女も夢見ていたに違いない。だが皇帝は正三品である自分の元へは渡ってこない。その状況に彼女は酷く絶望したのだろう。


「そこで雪梅シュエメイ様は何とかして皇帝の目に留まろうと考えた。そこで鈴蘭を植えたのでしょう」


 限られた楽しみしか存在しない後宮で、小さい庭とはいえ鈴蘭が全面に植えられたという庭は話題になるはずだった。


「しかし陛下は渡られなかった」


 耀世ヨウセイ様の言う通りだ。鈴蘭を植えただけでは瑛庚エイコウ様は彼女の元へ渡ることはなかった。


「入宮された時期が悪かったとも言えます。鈴蘭が開花する数カ月前……ちょうど今のような時期に鈴蘭を植えても緑の葉がおおい茂っているだけでございますでしょ?」


「陛下は花の一つや二つで后妃の元へは渡られないと思うが。確かにここの庭が話題になったのは、さらに少し後のことだな」


 雪梅シュエメイ様は時期の悪さを呪ったに違いない。だが二ヶ月……それを彼女は待つことはできなかったのだろう。


「ではどうすれば陛下の目を引けるか? 雪梅シュエメイ様は考えられたに違いありません。そこで鈴蘭に毒があることを素香スーシャン様から聞かされたのでしょう」


「それで自ら飲んだと? しかし下手をすると死ぬのだぞ?」


「確かに誰かに飲まされたならば量を調整することはできず亡くなってしまう可能性はあります。ただ自ら食べるならば量を調整することは可能でございます」


「なんと無謀な……」


「ですが効果はございましたでしょ?」


 決して褒められた方法ではないが、突如体調を崩した雪梅シュエメイ様の体調を周囲は気遣ったのだろう。特に伯母である小芳シャオファン様は四方八方手を尽くしたに違いない。最終的には瑛庚エイコウ様が見舞いという形で彼女の元へ渡られた。


「しかし、それと今回の件とどう繋がる?」


「一年前、雪梅シュエメイ様が体調を壊された時に、注目を集めたのは彼女だけではございませんでした」


素香スーシャンか!?」


 その言葉に私は深く頷く。雪梅シュエメイ様が体調を壊された時、素香スーシャン様はすぐにそれが鈴蘭の毒であること、雪梅シュエメイ様が自ら飲んでいるという事実に気付いたに違いない。


 だからこそ適切な治療を行うことができ、半月もしないで雪梅シュエメイ様は快復することができた。その結果として素香スーシャン様の献身ぶりだけでなく、医療知識がある点も評価された。おそらく彼女が人生で一番欲しかったものに違いない。 


「“乳母”は子守りの時期を過ぎてしまうと単なる侍女の一人でしかございません。しかも自分は身分が決して高くないことから年下の宮女から軽くみられることも多かったはずです」


 そもそも雪梅シュエメイ様の身分自体が決して高くない。その乳母を務める人物が彼女より身分の高いという可能性は少ない。

 一方、宮女の中には地方貴族の娘など、若いながらも身分が高い人間は多い。そんな宮女が乳母という地位しか持ち合わせていない素香スーシャン様を馬鹿にするといった場面は多かっただろう。


「確かに素香スーシャンは、宮女頭になれた――それでいいのではないか?」


 身分が低い宮女の場合、人生の目標地点が『宮女頭』ということが多いだろう。素香スーシャン様もそれで満足するべきだった。


「そうです。それで満足するべきだったんです。でも素香スーシャン様は雪梅シュエメイ様が快復されると物足りなさを感じるようになられたのでしょう」


 もっと感謝されたい。

 もっと尊敬されたい。

 もっと労われたい。


 そんな欲望が日に日に増していったのだろう。


素香スーシャン様は自分が一番輝ける場所は、雪梅シュエメイ様の体調が悪い時だと気づかれ、毒を盛ることを選ばれたに違いありません」

書籍版の発売まであと7日!


中華ファンタジーなので、できるだけカタカナや現代語を使用しないようにしているのですが、今回ばかりは「ミュンヒハウゼン症候群」「代理ミュンヒハウゼン症候群」という言葉を使いたかったです(笑)

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― 新着の感想 ―
[一言] ビユ様自らの命と引き換えにしても瑛庚様の心に残りたかったのかな~(まだ死んでない) 最初はこんな予定でなく、ちょっといつビユ様が蓮香の痣に気付いたか、描写なかったかも?見返しできてないですが…
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