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猛毒となる解毒剤《其の四》

「おそらく雪梅シュエメイ様はヒ素を盛られているのかと思います」


「ヒ素……?」


 耀世ヨウセイ様は少し驚いたような声を上げる。確かに日常生活にはほとんど登場しない薬物の名前だ。


「嘔吐、咳、爪が委縮している点、毛が抜けている点もヒ素中毒の症状でございます」


 抜いたり剃ったりした跡のない肌が何よりの証拠だ。

 その事実に耀世ヨウセイ様が直ぐに気付かなかったのは、一番目立つ頭皮部分はつけ毛やかつらのようなものを使用していたからだろう。雪梅シュエメイ様が起き上がった時に髪がずれる音が聞こえたこともあり、その可能性は高いに違いない。


「よく知っているな」


「機織り宮女は毒殺されることが多いので、自衛のためです」


 通常、私の仕事は普通の機織り師と認識されている。だが在任期間が長くなれば長くなるほど隠していてもその重要性を知る人は増えてくる。そのため機織り宮女の存在が邪魔になり暗殺しようと考える人間が現れてくるのだ。


 だから私が育った村では基本的な毒物の知識は教えてもらってきた。今回のように少量ずつ盛られた場合も自分の体調の変化から毒物の存在に気付けるようにするために。


「しかし何故、毒見役は死ななかったのだ?」


耀世ヨウセイ様が仰るように、そこが今回の毒物事件の最大の問題です」


 少量でも毎日毒見していては自分の体調を崩しかねない。だが毒見役の体調に大きな変化はないという。


「食べている量が少ない。毒が入っていない部分を食べている。どちらの可能性もありますが、今回はそのどちらでもないと私は考えています」


「と、いうと?」


「ヒ素は食事ではなく化粧品に混入していたのでございます」


「毒が入った物を使う人間がいるのか!?」


 耀世ヨウセイ様の驚きはもっともだ。後宮内では美を追求するあまり足の骨を折って纏足する后妃などもいる。だがあくまでも命にかかわらない範囲内での努力がその大半だ。


「そもそもヒ素は薬物として使用することもございます。解毒剤、抗炎症剤として調合されることもあります」


「必ずしも危険……というわけではないのだな」


「使い方次第と言うことでございますね。我が国のことではございませんが、西国のさらに遠方に存在する国では酢と石灰とヒ素を混合した”化粧水”が人気を集めていたようです」


 ヒ素入りの化粧水はしわを伸ばし美白効果があることから、瞬く間に人気を集めたという。ただヒ素が含まれていることもあり、それを食事に混ぜれば毒薬へと姿を変える。その性質を利用して夫を殺すための毒薬として活用されたのだとか。

 

 ある国で突如未亡人が増加したこともあり、ヒ素入りの化粧水の販売が中止された程だ。時代や場所が変われども夫に対する不満……を妻は常に抱えているものなのかもしれない、とその話を行商人から聞かされた時感じたのを覚えている。


「おそらく顔だけでなく体全体に小まめに化粧水を塗り込まれていたのでしょう」


 病床にありほとんど食事らしい食事をしていなかったが、触った肌は荒れた様子はなかった。顔だけでなく体全体にもヒ素入りの化粧水を使用していた可能性は高いだろう。


 食事と共に食べる時と比べ、皮膚を通して体内に毒物が入る量はほんの少量だ。だからこそ雪梅シュエメイ様は直ぐに亡くならなかったに違いない。


「ということは今回の薬物中毒は事故ということになるのか?」

 

「残念ながら……」

 

 私はそう言って首を横に振った。


「我が国ではヒ素入りの化粧水は基本的に販売されておりません。一時、海外の情勢に詳しい官吏がその販売を禁止したからだといわれています」


「つまり意図的に作られた物だと……」


 そう言った耀世ヨウセイ様が私達の後ろにいるであろう素香スーシャン様へ振り返る音がした。


「配合さえ分かっていれば素人でも簡単に作れる化粧水でございます」


「しかしヒ素はどのようにして」


 我が国では“ヒ素”は危険な薬物として取り扱われており、一般人では簡単に手にすることはできない。それこそ一つまみでもあれば人を殺すことができるからだ。


「ヒ素を取り扱う場所は、限定されています。可能性としては薬物としてヒ素を取り扱っていた診療所などから持ち出したのではないでしょうか」


「診療所……」


 耀世ヨウセイ様は最後まで言わなかった素香スーシャン様がその犯人である疑惑が高まったに違いない。


「わ、私はただ遠国で美容のために使われていると聞いて!」


 素香スーシャン様の反論に私は思わず苦笑する。


「『医療知識のない』私ですら、ヒ素による中毒症状と気付いたのでございますよ? なぜ薬物についての知識をお持ちの素香スーシャン様が気付かれないのですか?」


 百歩譲って雪梅シュエメイ様の美容のことを第一に考えて使っていたとしても、ヒ素中毒の症状がこれだけ出ていたならば、その使用を中止するはずだ。


「意図的に使い続けられたのでございませんか?」


「しかし何故、素香スーシャン雪梅シュエメイ様の健康を害さなければならない。一年前はその献身的に看病する姿が陛下から評価され宮女頭になったではないか」


「そ、そうよ! 耀世ヨウセイ様がおっしゃるように私がなぜ、雪梅シュエメイ様に毒を盛り続けなければならないの!!」


 にわかに情勢が有利になったと感じたのだろう。素香スーシャン様の声が一段と高くなる。


「そもそもの始まりが一年前だからですよ」


 短絡的な素香スーシャン様の主張を鼻で笑い、私はそう断言した。


書籍発売まであと8日!


久々の更新にも関わらず、アクセス数やポイント数が伸び感動しております。

ありがとうございます!


そして一年前毎日のように更新していた時、読者様に背中を押していただいていたことを思い出しました。(基本的にぐーたらな性格なので、毎日コツコツ継続するということが苦手です。でもこうして読者様の存在を感じられる場で作品を発表することで、毎日コツコツ書くことができました)


本当にありがとうございます。

そして今後もどうぞよろしくお願いいたします。

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