神の乙女《其の四》
「その通りでございます」
消え入りそうな声と共に現れた『神の乙女』。先ほどは感じられなかった高鳴る心臓の音、かすかに香る汗の匂いから彼女が緊張しているのが感じ取れた。
「私は『神の乙女』として選ばれましたが、先代のような力はございません」
「と、いうと?」
少し驚いた様子でそう尋ねる耀世様は、私の手をギュッと握る。瑛庚様は全く『神の乙女』について信仰心があるというわけではないようだが、耀世様は、彼女の一挙手一投足が怖くて仕方ないといった様子だ。
「私には『恋占い』しかすることができないのでございます」
「「こ、恋?」」
耀世様と私は言葉が重なり、思わず聞き返してしまう。
「はい。その方の想い人がどのような感情を寄せられているのか――。二人の仲はうまくいくのか――。それしか分からないのでございます」
「だが、今まで数々の予言を行ってきたではないか」
わずかに苛立った様子の耀世様。その気持ちも分からなくない。彼は『神の乙女』という存在に畏怖の念を感じていたのだろう。
「先ほど蓮香様がおっしゃったように漠然と事実を語り、聞き手に判断を委ねることでこれまでやり過ごして参りました」
「おそらく神殿の意向を『神の乙女』として伝えていたのではないでしょうか?」
神殿の形も様々で本当に神託を受ける巫女がいる例もあるが、中には神殿の政治的思惑を反映させるための『神託』が作成される場合もあるようだ。
「蓮香様は何でもお見通しでございますね――。確かに神殿から伝えるように指示された『神託』もございました」
「しかし何故、今になってそれを明かす」
耀世様は不思議そうに首をかしげてそう尋ねた。
「ここに――後宮に来るまでは、あの予言の仕方で生きていこうと考えておりましたが……。甘い考えでございました。陛下に叱責され――目が覚めたのでございます」
そういうと神の乙女は勢いよく床に膝をつくと擦りつけんばかりに額を床に押し当てた。
「思いあがっておりました。私は神に仕える乙女でございましたが、そもそも陛下に仕えることが大前提でございました。どうか、どうか私の思い上がりをお許しいただけないでしょうか」
最初に面会した時とは打って変わって切実な彼女の声色に、耀世様はこれ以上、怒りの言葉をぶつけることはできなかったようだ。
「しかし何故、わざわざ謝罪などに来たのだろうか」
その日の夜、私の部屋を訪れた耀世様はひどく不思議そうにそう尋ねた。確かに瑛庚様が激昂された時点で、何故謝らなかったのか……というのは私も抱いた疑問だ。
「これはあくまでも仮説ではございますが、『恋占い』の結果なのではないでしょうか」
「恋占い?」
少し馬鹿にした様子の耀世様に私は静かにうなずく。
「年に一度、お会いする陛下に『神の乙女』は恋をするようになられたのではないでしょうか……」
「私にか?」
「だって、普通、見計らったように初潮が訪れますか?おそらく『初潮があったように』見せているだけではないでしょうか」
出血しているように演出することは、左程難しい問題ではない。
「おそらく年齢的にも交代の時期に差し掛かっており、後任の『神の乙女』も選出されていたのでしょう。そこで彼女は後宮に入ることを決意したのだと思われます」
「しかし私は神殿で毎年、言葉を何回か交わしただけだぞ?」
「まぁ、お二人が思われている以上に陛下の見た目は美男子でございますよ。『神の乙女』を解任された後の人生を考えた時、陛下の元へ行きたいと考えても不思議ではございません」
幼少の頃から神殿で生活をしており、予言や祝福を与える時だけが唯一男性と関わりを持つ場所だったのだろう。その中でも年齢的に若く見た目が良い男性となると耀世様達に白羽の矢を立てたくなる気持ちは分からなくもない。
「それは分かったが、今回の態度の変化とどう関係がある?」
「おそらく本当に『恋占い』は得意とされていらっしゃるのでしょう。最初に陛下と自分の未来を占った時、私という弊害が存在することに気づかれたに違いありません」
「確かに私達は蓮香を愛している」
「あーー。はい、そうですね」
改めて言葉にされると気恥ずかしく、私は笑顔でその言葉を受け流し説明を続けることにした。
「しかし既に神殿を出ている以上、自身の『予言』が持つ力が以前のようにはないと考えられたのでしょう。だから最初に私と会われた時、私を後宮から追放するように宣言された」
「だが瑛庚様はそれに応じなかった」
「はい。そこで改めて自身に『恋占い』の力が健在であることを悟られたのではないでしょうか」
「では!私と蓮香の未来は安泰ということだな?」
勝ち目がない存在だから謝罪に出た――という考え方もできる。その一方で近い未来私達の関係が変わるからこそ、後宮での立場を確保するために下手に出た――と考えることもできる。
「そうであることを私も望んでおりますわ」
私は一抹の不安をあえて言葉に出すことはなく、にっこりと微笑み耀世様を安心させることにした。
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