瑛庚と燿世
「私がどちらか分かるか?」
陛下の形だけの『お渡り』が終わり穏やかな夜を過ごせると思っていたが、何故か次の日も陛下は私の部屋へ訪れた。二人っきりになると開口一番に嬉しそうにそう聞いた。
「影武者様ではない陛下でございますわ」
「凄いな!!」
私がゲンナリしながら答えると、まるで見世物を見るように陛下は両手をたたいて喜ぶ。母親すら見分けがつかないという二人。個として認識されることが、嬉しくて仕方ないのだろう。
「では私のことは瑛庚、昨夜の奴のことは燿世と呼んでくれ」
「『陛下』ではいけないのでしょうか」
二人の区別は簡単につくが『陛下』以外の名前で呼ぶのは恐れ多い気もする。
「それでは毎回、そなたと会う前にこうして『どちらか』と聞かなきゃならない」
確かに毎回、こうして見世物のように扱われるのは心外だ。
「それでは恐れ多いことではございますが、瑛庚様と呼ばせていただいてもよろしいでしょうか」
「そうしてくれ」
「しかし私のような宮女の所にお渡りになられては、后妃様方に申し訳がたちません」
暗に「もう来てくれるな」と伝えるが、瑛庚様は気にするなといった様子で豪快に笑う。一昨日の彼と比べると明らかに雰囲気が異なるのは、私が二人を別人と認識したからだろうか。
先日、燿世様は「二人で一人として育てられた」と語っていた。おそらく『皇帝』としての人物像を二人が演じており、それぞれ本来の姿があるのだろう。
「気にするな。現在、皇后を始め正二品までの后妃らは全員、私の子供を妊娠しておる」
「伺っております。大変おめでたいことでございます」
皇帝が即位してから五年。既に皇子が三人、皇女が二人存在する。さらに妊娠中の后妃は十人いるといわれている。
「種馬としての仕事を務めたからな、子供達が生まれるまでは好きな所に行っていいらしい」
「種馬などとは……」
後宮では皇帝の愛を求める女が多いが、最終的に皇帝の後継者である『皇帝の子供』を生むことが第一目的だ。そのため皇帝は毎夜、后妃の部屋に渡っているが、訪れる先は彼の自由意志で決められない。后妃の後ろ盾の政治的立場などを考慮して、均等に訪れるよう計画されている。
「さすがに『種馬』なんて誰も言わないけどね。正直、蓮香や一昨日の宮女のように、純粋に誰かを想えるって羨ましいんだ」
やはり「初恋」「幼なじみ」は彼の琴線に触れたのだろう。
「それでしたらばなおのこと、この時期にお相手を探されてはいかがでしょうか?」
再び「ここには来るな」と提案してみるが、何故かその言葉は逆効果だったらしく、長椅子に座る私の膝の上に瑛庚様は頭をゴロリと乗せた。突然、二人の距離が近くなったことに心臓がドキドキと音を立てるのを感じる。
「だからこうして来ているんだろ?」
瑛庚様の言葉に自分が墓穴を掘ったことに気付かされた。
「でも大丈夫。燿世と決めたんだ。蓮香の『初恋』は大切にするって」
どうやら昨日の『賭け』のことを彼も聞いたらしい。
「直ぐに人を使って探させている。そんなに難しくないことだと思うんだよね」
「ですが相手にも家族がいる可能性も……」
結婚適齢期は十八歳前後のこの世界で、私は現在二十三歳。あの時の少年は二、三歳年上なので二十五、六歳だろう。おそらく結婚しているに違いない。先日の宮女のように結婚を約束していたならば別だが、『好き』という想いすら伝えていない以上、この想いを相手に伝えること自体が迷惑になりかねない。
「そうだね……。でも私なら妻がいて子供がいたとしても、その想いを伝えられたら嬉しいよ」
なるほど……男性は、そのように考えるのかと感心していると突如、手を握られた。
「大丈夫。もし蓮香がフラれたとしても后妃にしてあげるから心配しないで」
やはりこの賭けは私にとってあまり得がないような気がしてきた。
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