神の乙女《其の壱》
「そういえば、新しい従一品は美雨ではなく、『神の乙女』が就任するみたいですよ!」
午後の休憩の際に、林杏が切り出した言葉に私はなるほど、と感心させられた。道理で新従一品の后妃様に贈られる帯の柄が異様に細かいワケだ。動物や花を織り込むのが一般的だが、先週発注されたこの帯の柄は背景にまで緻密な模様が指定されている。
「『神の乙女』って、先日、陛下が参拝された神殿の主でしょ?」
「そうそう!さすが陛下ですよね。『神の乙女』は初潮を迎えるまで退任できないのが決まりですが陛下が訪ねた日、神の乙女が初潮を迎えられたんですって! これは神が陛下へ『神の乙女』を授けたってことになって、そのまま後宮へ連れて帰られたみたいですよ」
まるで時期を見計らったような『奇跡』だ。
「『神の乙女』が后妃になられるなら、確かに従一品がふさわしいわよね」
「これまで前例がありませんからね。皇后にするべきかとも論じられているみたいですよ」
『神の乙女』に対する信仰心は一部地域で非常に厚い。その地域の有力者は毎月のように神の乙女に対して供え物を行い、祝福や予言を与えてもらえるという。後宮での『神の乙女』の扱いが悪いということは、そう言った信者らを軽視していることにも繋がりかねない。
隣国の公主であった薇瑜様を凌ぐ存在といっても過言ではない。ただあの薇瑜様が大人しく皇后の座を降りるかどうかは別問題だろうが……。
「予言もするみたいですから、後宮での順列も変わってきそうですよね」
この手の話が大好きな林杏の声は非常に嬉しそうだ。
「でも神の乙女はまだお若いですよね」
依依の疑問は尤もだ。初潮を迎える女性の平均年齢は十一歳前後。神の乙女の中には生涯、初潮が訪れることがなく死ぬまで『神の乙女』だった人物もいるようだが、百年に一度の例外だ。
「え――っと確か十四歳だったとか。陛下のご年齢からして全くないわけじゃないと思うんですよね」
そう言って林杏は再び下世話な笑いを漏らす。
「まぁ、神の乙女が后妃にいれば皇帝の地位も盤石よね」
「やっぱり、蓮香様も気になっちゃいます?」
嬉しそうにそういう林杏を私は睨みつけた。
「『神の乙女』はね、そこらへんにいる女の子――というわけじゃないのよ。こうやって話に上がること自体、不敬と咎められることだってあるわよ」
私の叱責に林杏は詰まらなさそうに「は~~い」と返事をする。
さすがに現役の『神の乙女』ではないので、不敬と咎められることはないだろうが、現に神の乙女はこの後宮で生活しているわけだ。どこで私達の噂が耳に入るとも限らない。
何よりも十四歳やそこらで、恋も知らない少女にも関わらず、たまたま初潮が訪れた時期に陛下がいたからといって後宮に連れて来られた――と考えると思わず同情してしまう。そんな彼女の耳にこんな下世話な話を届けたくなかった。
「ということは今織っている帯ができ次第、従一品の后妃に就任されることになるわけね」
後宮で后妃に就任する際には式典が行われるが、それは一般的な婚儀の礼とは異なり、役職を与えらえる儀式と酷似している。神の乙女が憧れるような式典ではない分、せめて帯だけは感動を呼べるようなものに仕上げようと密かに決意していた。
「あ、后妃にしたくないからって、作業を遅らせたりしたらダメですよ!」
と言った林杏の言葉に私は大きくため息をつき、
「たとえ、神の乙女が皇后様になったとしても、そんなことはしないわよ」
と林杏を安心させる。
言葉にしないだけで林杏だけでなく依依も陛下の心変わりを心配しているようだったが、私は全く気にならなかった。それは相変わらず帯の裏に織り込んである言葉が「よき后妃であるように」という文言から変わっていなかったからかもしれない。
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