華の諍い《其の四》
「あんたが蓮香なのね」
私はその日の午後、芽衣様の部屋に呼ばれていた。『犯人を見つけてくれたお礼がしたい』と言われたが、彼女は私の名前を確認した瞬間、持っていた扇を私の額めがけて勢いよく投げつける。
私の背後に控えていた宦官姿の耀世様が慌てて私の隣にやってきて
「何をなさいますか!」
と抗議の声をあげた。しかし芽衣様は、その言葉を鼻で小さく笑う。
「宦官風情が誰に物を申している。それに――私が宮女に罰を与えて何が悪い」
この段になり、ようやく彼女の本当の目的が理解できた。さらに抗議の言葉を重ねようとする耀世様の袖を引っ張り、私は大丈夫だと小さく頷いて見せる。耀世様は「だが……」とまだ何か言いたそうな様子だが、私が再度首を横に振るとようやく、しぶしぶと言った様子で私から離れた。
「ねぇ、私が本当に礼を言うと思った?」
額に扇が当たっても『痛い』と悲鳴を私があげなかったことに苛立っているのだろう、寝台の上に座りながら芽衣様は自分の膝を何度も小さくたたく。
「あんたの名推理のおかげで、美雨は厳重注意を受けただけになったのよ?この意味が分かる?」
今回、芽衣様の早産の原因は皇后様にあることが判明した。ただ皇后・薇瑜様は「妊婦である芽衣に対して使用するとは思っていなかった」と主張され、両者共に大きな責めを負うことはなかった。
「全てが完璧だったのに。皇后代理を任された美雨が、私に対して懲罰を与えてくるのは分かっていたわ」
「では――あの日、芽衣様が門限に遅れて戻られたのはワザトだったのでございますか?」
喉に張り付くような言葉を私は絞り出すようにして吐き出す。背中には静かに汗が流れる。
「それはそうでしょ。神殿に行って帰るだけで、なんで門限に遅れなきゃいけないのよ」
確かに神殿から後宮に戻るために歩いて二時間もかからない。
「懲罰房に入れられた時、蝋燭から桂皮の香りがして勝ったと思ったわ」
「桂皮の成分が分かっていて吸ったのですか?」
桂皮の香りは菓子の味付けに使われることもあり、妊婦にとってよい成分ではないことを知らない人が多い。芽衣様もそうなのだとばかり思っていた。
「知らないわけないでしょ?妊娠した時点で何を口にしてはいけないか、どんな香りを嗅いではいけないか、何をしてはいけないか――徹底的に調べたわよ。だって私の子供は将来、皇帝になる人物かもしれないのよ?」
「では、なぜ早産になるようなことを……」
「美雨を蹴落とすためよ。そんなことも分からなかったの?」
あの時点で確かに美雨様の方が従一品の座には近かった。
「懲罰房で子供を産み落とし、男ならば助けを求めようと思ったけど、残念なことに女だったのよ。女なら皇帝になれないから、美雨を蹴落とすために死んでもらったの」
出産の途中で意識を失ったのではなく、意識を失ったフリをしていたということなのか――。
「美雨は間接的に皇帝の御子を殺したということで、確実に離宮行きが決まりかけていたのに――。あんたが余計なことをするから、どうしてくれるのよ⁈」
あまりの乱暴な言い分に唖然としていると、私の代わりに怒りの声を上げたのは耀世様だった。
「その話が本当ならば、芽衣様が御子を殺したことになりますが」
「それが何?先にしかけてきたのは美雨よ?こうでもしなきゃ、後宮で生き残れないの。それにね、私はあんた達みたいに後宮でのことだけを考えていればいいわけではないの」
芽衣様は、大きくため息をついて耀世様の言葉を笑う。
「私の一進一退がお父様だけではなく、兄上--いえ一族の繁栄に影響を与えるの。立場が違うのよ。たちばが!」
「では一族のために、そなたは私の子を殺したことになるのだな」
そう言った耀世様は仮面を取り、芽衣様との距離を縮める。
「へ、陛下?なんで?」
「私には多くの子がいるが、それでも大切な子供だ。そなたの罪は重いぞ」
「う、嘘でしょ?あんた!あんたね。私を陥れるために陛下を呼んだのね?!」
芽衣様は怒りと焦りで混乱の極みに達していた。私の元へ駆け寄ろうとして寝台から降りるものの、足がもつれその場に座り込む。
「この者を死罪にせよ!」
耀世様が高らかにそう言い放つと、周囲にいた人間も彼の正体に少し驚いた様子だったが少しすると慌てた様子で芽衣様を部屋から引きずり出した。
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