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華の諍い《其の参》

「試したいこととはなんだ」


 部屋に帰るなり瑛庚エイコウ様は急かすように、そう聞かれた。


「これでございます」


 私は懐から出した蝋燭を依依イーイーに渡し、火をつけるように頼む。


「おそらく冷たい床の上で正座させられたことが、早産の原因とは考えにくいと思います。時期は異なれど、徳妃様もやはり似たような状況で幽閉されたことがありました。ですが、幽閉中に出産――には至っていませんよね」


 その幽閉により出産時期は早まったが、その最中に産気づいたわけではない。


「となると他に何らかの外的要因があり早産に至ったと考えるのが自然でございます。あ、依依イーイー、窓を開けてちょうだいね」


 依依の「はい」という返事と共にガチャリと窓が勢いよく開けられ、肌寒い風が入り込んでくる。風の冷たさに思わず両腕を抱えると、その上からソッと瑛庚エイコウ様はあわせを肩にかけてくれた。

こういうところは何というか本当にマメだ。おそらく「しよう」と思ってしているのではなく自然と体が動くのだろう。


「一見、普通の蝋燭にしか見えないけど……」


 特別な匂いがするわけでもなく、芯が減る速度も特別速いというわけでも遅いというわけでもない。瑛庚エイコウ様がいうように普通の蝋燭と変わらない。


依依イーイーが先日作ってくれた麻花マーファがございますので、よかったら召し上がりますか?」


 私は小箱に入れていた麻花をソッと瑛庚エイコウ様に進め、座るように促す。遠くからお茶を準備してくれる音もする。麻花の甘さが口に広がるのを感じながら、ゆっくりと時が経つのを待つことにした。


「でも蝋燭が何故気になるんだい?」


林杏リンシンが渡してくれたこの蝋燭ですが、通常、後宮で使っているものよりも少し大きさが異なっておりました」


「それは罰を与えるためだからじゃない?あんまり長すぎるとそれこそ拷問になっちゃうだろ」


 私は静かに頷いて瑛庚エイコウ様の推理が正しいことを伝える。


「おそらくこの蝋燭は皇后様が特別に作られたものだと思われます」


「薇瑜って、そういうところマメだよね」


 既存の物を代用するのではなく、わざわざ適当な時間に該当するように蝋燭を作るのだから確かにマメだ。


瑛庚エイコウ様、蝋燭はどのように作られるかご存知ですか?」


「さぁ」


 全く興味がないといった様子で、瑛庚エイコウ様は座っていた長椅子の背もたれに、背中を預ける。


「ろうそくの芯はイグサの茎を紙の芯の上に巻きつけ灯心とします。この芯に徐々にロウの液体をかけ太くする気が遠くなるような作業を経て作られます」


「へぇ~よく知っているね」


「今回はこの灯心が謎を解くカギになってくると思われます」


「というと?」


 火をつけて十五分もした頃だろうか。そんな瑛庚エイコウ様の疑問に答えるように、懲罰房でかいだ刺激のある甘い香が部屋に広がった。


「この香は?」


「桂皮の香りでございますね」


 茶器と共に現れた依依イーイーはさすが元菓子職人だ。見事に香りの名前を言い当てた。依依イーイーの言葉を引き継ぐ形で、私は桂皮について瑛庚エイコウ様に説明する。


「桂皮は子宮収縮を促す作用があるといわれており、『出産の香油』ともいわれています。この香りが芽衣様の出産を促したのだと思われます」


「しかし、こんな香りだけで早産になるのか?」


「確かに桂皮の香を部屋に焚くぐらいならば、体に大きな影響を与えません。ただ気体になった桂皮の成分が血中に入ることで、より高い効果を得ることができます」


 液体とは異なり気体になることで香りも遠くまで伝わるが、同時に体内にも吸収されやすくなる。蝋燭の熱により桂皮の成分が気体になったのだろう。


「朝の時点でもまだ底冷えする懲罰房でございました。おそらく芽衣メーイー様は少しでも暖を取ろうと蝋燭の側に行かれ、桂皮の気体を吸い込んでしまったのでしょう」


「しかし蓮香様、先ほど火をつけた時はこのような香りは致しませんでしたが……」


 依依イーイーの疑問はもっともだ。私も林杏リンシンから蝋燭を受け取った時、匂いがしないか確認したが桂皮の香りはしなかった。


「おそらく桂皮の香油を灯心に染み込ませているのだと思うわ。ただ外部からは匂いが分かりにくくなるように灯心の中盤からのみ染み込ませているのよ」


「なぜ、そのような面倒なことをする」


 確かに桂皮の香りをかがせてしまえば済む話かもしれない。


「最初から桂皮の香りがしましたら、さすがに美雨ビユイ様も、この蝋燭を使わないからでしょう。お子様を殺したとなっては逆に美雨ビユイ様が罪に問われかねません」


「美雨に罪を着せたかったということなのか――」


 瑛庚エイコウ様の少し苛立った口調をなだめるように私は静かに頷いた。彼もようやく今回の犯人が誰なのだか分かったのだろう。


【御礼】

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