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華の諍い《其の弐》

「た、た、た、大変です!!」


 次の早朝、依依イーイーの慌てた声と共に私は目を覚ます。林杏リンシンもよくこうして大した用がないのにも関わらず朝、起こしてくれたな――と少し懐かしくなってきた。


「どうしたの?」


 私は漏れ出そうになる欠伸をかみ殺しながら、依依イーイーの息が落ち着くのを待つことにした。


芽衣メーイー様が出産されました」


「しゅ、出産?! でも特に知らせはなかったわよ?」


 後宮内で誕生する子供は皇帝の子供と限られている。そのため子供が誕生すると、お付きの宮女の一人が、子供が生まれたこととその子供の性別を伝えながら後宮内を駆け回るのが一般的だ。特に早産となれば帯の制作順に影響がでるので、私の所へは別途遣いが来てもおかしくない。


「お付きの宮女が全員、暇を出されたからかしら……」


 そんな私の推測を依依イーイーは首を振って否定する。


「違うんです。芽衣メーイー様はお一人で出産されたのですが、芽衣メーイー様は途中で気を失われ、お子様は直ぐに亡くなられてしまったようです」


 あまりにも残酷な事実に思わず私は言葉を失う。


「でもなぜ、一人で出産なんてことになったの?」


 普通、産気づけばお付きの宮女がいなかったとしても医師などが駆けつけてくれそうなものだが……。


美雨ビユイ様からの罰を受けている最中に産気づいたみたいだよ」


 昨日とは打って変わり重い口調の主は瑛庚エイコウ様だ。


「なんでも冷たい石床の上に三時間近く正座されていたらしい。それが原因で産気づき、早産になってしまったのだとか――」


「それだけなのでございますか?」


 妊婦は体を冷やしてしまうと早産につながるとも言われているが、それだけで早産になるのだろうか。


「俺もそれは疑問なんだ。だから蓮香殿なら何か分かると思ってね」


 それで早朝にも関わらず彼が部屋にやってきたのか――と静かに納得する。私は素早く寝台から降り、現場に向かうために仕度をすることにした。




「ここが現場だ。美雨ビユイ様は、芽衣メーイー様に蝋燭が消えるまで正座をしておく罰をお与えになったという」


 靴の裏から静かに這い上がるような冷気を感じ思わずゾクリとさせられる。瑛庚様に案内されて訪れた処罰房は後宮の北側に位置する小さな小部屋だった。空気を吸い込むとムワッとするカビ臭い香と刺激のある甘い香が肺に広がる気がした。

 処罰房というからには隙間風があるのかと思ったが、部屋は密閉された状態で窓などはないらしい。その状況故に、芽衣メーイー様の出産の発見を遅らせたに違いない。


「そうなんですよ!二時間半も!ビックリですよね」


 そんな陰鬱な部屋の雰囲気とは打って変わり、陽気な林杏リンシンの声が聞こえてきた。


林杏リンシン、どうしてここに?」


瑛庚エイコウ様と蓮香様が来るっていうんで、案内してさしあげろって美雨ビユイ様がおっしゃられたんで――」


 おそらく余計なことをしないように見張れ――と言われたか、単に抜け出してきたかのどちらかなのだろう。もしかすると慌ただしい状況下で、単に部屋を追い出されただけなのかもしれないが……。


「二時間半ってずいぶん正確に分かるのね」


「これですコレ!」


 そう言って彼女が差し出してきたのは一本のろうそくだった。


「皇后様が『誰かを罰する時は、この蝋燭が消えるまでの間、正座させておきなさい』って美雨ビユイ様に渡されていたんです」


 林杏リンシンから手渡された蝋燭の直径は親指の爪ぐらいの幅で、高さは軽く開いた手の平の親指から小指までの距離があった。これが全部消えるまでに二時間半かかるといわれれば納得だ。

 しかしなんともまぁ、準備のよいことだろう。後宮の主は自分が不在の時も、間接的にとはいえ後宮を管理しているのかと思うと静かに驚かされる。


「これ一本いただいてもいいかしら?」


「あ、いいですよ。凄いいっぱいあったんで」


 蝋燭に鼻を近づけるが先ほど、部屋に入ってきた時に感じたような刺激のある甘い香はしてこなかった。


「何か分かったかい?」


「驚くぐらい何も」


 私は小さくため息をつき、ろうそくを懐へ入れ部屋へ戻ることにした。何も分からなかったが、実験してみたいことができたのだ。

【御礼】

多数のブックマーク、評価ありがとうございます。



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