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美雨と芽依

「今日も疲れた~~」


 何時ものように、そう言って私の膝の上に頭を乗せようとする瑛庚エイコウ様の後頭部を私はサッと両手で支え、膝につく前に押し上げる。


「なんだよ」


「『なんだよ』ではございません。宦官として私の膝の上に頭を載せるなど言語道断です」


 深夜ということもあり、この宮には誰もいないがそれでも彼がここへ入ってくる様子を目撃されてはあらぬ疑いをかけられるだろう。以前の時のように二人が皇帝であることを暴露すれば疑いは晴れるだろうが、毎回、そんなことをしていては面倒すぎる。


「だって仕方ないだろ?皇帝は今、山の神殿に行っているんだから」


 皇帝は年に一度、国家の繁栄と安寧を祈願するために二泊三日で北方の山岳地帯にある神殿にこもる。断食と経典の写しをしなければいけないらしく、毎年耀世ヨウセイ様と瑛庚エイコウ様は交互に行っていたらしい。

 そして今年は耀世ヨウセイ様が行くことになったため、瑛庚エイコウ様は宦官としてしか私の部屋を訪れることができない。


「それに美雨ビユイ様が結成されました自警団が後宮内をうろうろしています。例え瑛庚エイコウ様でも深夜に出歩いていたのが見つかれば咎められます。あと三日ぐらい大人しくしていてくださいよ」


「美雨は皇后代理を任されて張り切っているからな」


 皇帝が神殿にこもる際には、皇后、皇太后も同伴するのが決まりとなっている。後宮を現在取り仕切っているのは皇后・薇瑜ビユ様であるため、その代理に正二品の后妃・美雨ビユイ様が指名された。

 順当にいくならば従一品の徳妃様が皇后代理を務めるのだが、先日の事件もありお付きの宮女が新人ということもあり辞退されたといわれているが……現状はどうやら少し違うらしい。


「やはり従一品に就任されるのは美雨ビユイ様なのでしょうか」


 空位になった従一品の席は貴妃、賢妃、淑妃の三席存在する。先日のナーダムの優勝者である遊牧民族出身の方が従一品に収まることは決定事項のようだが、さらに隣国の国王から娘を後宮に入れたいという申し出もあるらしい。

 そのため残された席は一席。これを巡って後宮内では静かで苛烈な争いが生じていた。


「でも芽依メーイーの所はお父さんだけじゃなくて、お兄さんも大臣だからさ~~。耀世ヨウセイは、『圧が凄い』って毎日言っていたよ」


 美雨ビユイ様はこの国が創立した頃から存在するといわれている名門貴族の出身で、現在も父親は大臣として権力をふるっている。

一方、正二品の芽依メーイー様の父親は先帝時代に官僚として頭角を現し、一代で大臣まで登り詰めた人物だ。新興勢力ではあるが、その勢いはすさまじく芽依メーイー様の兄も大臣に就任している。

従一品にどちらの后妃が就任するかは、外宮における権力闘争の勝敗を占う試金石のようなものになりつつある。


「今回、薇瑜ビユ様が美雨ビユイ様を皇后代理に推挙されたことで、後宮内では『美雨ビユイ様が従一品にほぼ決定』と大騒ぎですよ」


「あの人もなんで面倒なことするんだろうね。俺達としては従一品の席は常にあけておいて、蓮香が頷いてくれたら直ぐに従一品にできるようにしておきたいのに」


「政治的均衡を保つための時間稼ぎではなかったのですか?」


 あまりにも私的な理由で従一品の席が空いていることに私は思わず唖然とする。


「俺は政治的なことは良く分からないけど、蓮香が皇后になってくれるのが一番だと思うんだ」


「あ~~はいはい。そうですね。でも無理ですね」


 何度も繰り返されているやり取りになり私は軽く瑛庚エイコウ様の言葉を受け流す。そんな私の両肩を瑛庚エイコウ様は掴み、そのまま私を引き寄せた。


「蓮香が隣にいて微笑んでくれれば、他に女などいらない」


 妙に演技がかった台詞に私は大きくため息をつく。


「それ女になら誰にでも言ってませんか?」


 不器用な耀世ヨウセイ様とは異なり、こと女に関する扱いは瑛庚エイコウ様は手慣れたものだ。耀世ヨウセイ様と交互に二日に一回私の元へ訪れているが、おそらくその空白の一日の間は身分を隠して他の女性の所に行っているに違いない。


「嫉妬しているのか?」


 嬉しそうにそう言う瑛庚エイコウ様に私は小さくため息をつく。


「おからかいにならないでください。そんな甘い言葉は他の方にかけてあげてくださいませ」


「他に女なんていないよ!」


 確かに『皇帝』としての瑛庚エイコウ様は私以外の后妃の所へは渡っていない。


「後宮では――の話でございますよね?」


「いやいや、それは確かに昔はね――。ちょっと外に行っていたりもしたけど……今は違うよ!蓮香だけだ」


 言葉は相変わらず軽薄だったが、彼の心拍数、体温、汗の香から嘘ではないことが伝わってくる。


「あら――。これは失礼しました」


 思わず口の端が上がるのを感じ慌てて私は平静を保つが、それに気付いたのか瑛庚エイコウ様はバッと私に抱きつく。


「なんだよ!嬉しそうな顔して。可愛いな~~もぉ~~」


 珍しく自分の心を見透かされたような焦りから私は、「だから、誰が見ているか分からないんですよ!」と慌てて彼から体を引き離した。


【御礼】

多数のブックマーク、評価ありがとうございます。




―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

現在の後宮の状態は下記の通りとなっております。


正一品:皇后・薇瑜ビユ


従一品:貴妃・空位、淑妃・空位、賢妃・空位、徳妃・静麗シンリー


正二品:美雨ビユイ芽衣メーイー麻美マービ美玲メイレイ、空位


従二品:瑞英ズイエイ蝶凌チョウリョウ、空位、空位、空位


正三品以下略。



※空位は埋まり次第、新たな被害者になりそうな気もしますが…。

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