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流星王の喪失《其の七》

「しかし仔空シアは馬泥棒に怪我を負わされているぞ!」


「確かに怪我をしたようですが、その状態を陛下は確認されましたか?」


 私も含めてだが、おそらく『生死を彷徨うほどの怪我』ということもあり、誰も彼の怪我の状態を見ていない。というより見せてもらっていない。


「おそらく流星王によって怪我をしたのだと思われます。おそらく仔空シアは現場に落ちていた点穴針を使って流星王の足を傷つけようとしていたのでしょう」


仔空シアは誰よりも流星王を可愛がっていたぞ?」


 確かに彼は流星王を自分の子供のように可愛がっていた。だからだ。


仔空シアは陛下に流星王を奪われたくなかったのですよ」


「なぜ私が奪う?」


「先帝の時代には競馬で勝った馬を陛下へ献上するという習わしもあったとか。二日前に流星王を見に来たのは、その下見と勘違いしたとしても不自然ではありません」


 あの日、耀世様はいたく流星王について褒めていた。仔空シアの中で、最悪の結末が出来上がってしまったのだろう。


「そこで競馬で流星王が勝たなければ陛下も興味を失くすだろうと考えたのでしょう。ですが、骨折などをしてしまっては今後の試合に大きな影響が出てしまうので点穴針を使って小さな怪我を負わせるつもりだった――」


 針のように尖った暗器であった点穴針ならば、目立った傷を作ることなく足を負傷させることができる。単に試合に出場させないだけでは心もとないため、試合に出場して惨敗する姿を見せたかったのだろう。


「ですが馬の視界は前方だけでなく後方のほとんどの部分に及ぶと言われています。足元を傷つけようとした仔空シアを流星王が蹴り怪我を負わせたのです」


「それで点穴針が落ちていた場所からさほど遠くない場所で仔空シアが見つかったのか……」

 

 耀世様は何かを考えるように小さく唸る。少しすると思い出したようにパッと口を開いた。


「では何故、流星王は白銀でなくなってしまったのだ」


「はっきりとした色は分かりかねますが、おそらく流星王は明るい茶毛になっておりませんでしょうか?」


「そうだ。よく分かったな」


 林杏が『茶色い馬』と言っていたのもあるが、変わり果てた流星王と再会した瞬間、彼が茶毛になっていたのは分かった。


「橙色に染色する際に用いられるヘナとタデ藍の香がしたからでございます。二つの染料を混ぜると明るい茶色に染色することが可能です」


「そなたは、流星王がどこにいるか分かっていたのか?」


 珍しく詰問口調の耀世様に私は静かに頷く。


「絶影獅子が飼われていた馬の中におりました。その後、絶影獅子の馬主殿とも話をさせていただきましたが、演習場を彷徨う流星王の姿があったため、保護したとのことでした」


 保護して翌日には返そうとしたらしいが、朝になる前には欲が出てきたらしい。もし茶毛にして流星王を隠すことができたならば――、流星王が競技に出なければ絶影獅子が優勝するのではないか――と。


「なぜ言わなかった?」


 ハッキリと私を責める耀世様に私は小さくため息をつく。


「あの状態でもし流星王を浩宇ハオウーさんの元へ戻していたらどうなっていたでしょう?私が仔空シアならば、這ってでも流星王の元へ行き怪我をさせたでしょうね。今度は万全の状態ではないから、手加減ができなくなる……。それこそ流星王の競走馬としての命が失われかねません」


 仔空シアもその覚悟があったに違いない。


「なぜ私がそのような惨いことをすると思った……」


 恨みがましい口調でそう言う耀世ヨウセイ様は本当に人がいいのだろう。素晴らしく速く美しい毛並みを持つ流星王を心から「素晴らしい馬だ」と賞賛していた。だが微塵も「自分の物にしよう」という発想がなかったに違いない。


「これは聞いた話ですが、先帝の時代に優勝馬の献上を断った遊牧民がいたようです」


 見事な赤毛の馬だったらしく流星王と同様、負け知らずの名馬だったという。


「先帝はどうされたかご存知ですか?」


「諦めたのか?」


 私は首を横に振って、その甘っちょろい予想を否定する。


「その馬を殺したと言われています。『自分の物にならないならば、死んだも同然だ』と仰って……」


仔空シアもその話を知っていて?」


「その話を仔空シアが知っていたかは不明ですが、最悪の例として彼の心の中にあった可能性はありますね」


 流星王が稀代の名馬だったからだけではない、仔空シアが一人前の馬飼いとして認められるきっかけになった馬だからだ。仔空シアの中で、馬飼いとしての矜持が取り上げられるような錯覚に陥ったのかもしれない。


「私はどうすればいい――」


 珍しく丸めた耀世様の背中を私はポンッと叩く。


「何もなかったフリをされてはどうでしょうか。そして流星王の勝利を称えて褒美を差し上げるのが一番平和な終わり方かと存じますが――」


「お、おそれながら!」


 私達の会話が終わるのを待っていたかのように、後方から浩宇ハオウーさんの声が響いた。


「優勝の賞品は既に頂いております」


「というと?」


 二人の様子はゲルで再会した時のように気さくなものではなく、皇帝と遊牧民の族長という立場に変わっていた。


「盗まれた流星王の代わりに陛下からは新しい名馬をいただきました」


 おそらく茶毛になっても、あれが流星王ということは馬主である彼が一番よく分かっているだろう。だが、あえて別の馬と主張するのは私達に対する謝罪の意味もあるのかもしれない。

 おそらく仔空シアの怪我が馬によってつけられたものだということも早々に分かっていたのだろう。だからこそ仔空シアの怪我の状態も流星王が盗まれたことを公にしなかったに違いない。


「それでよいのか?」


 少し不満そうな耀世様だが、浩宇ハオウーさんはそれを否定するように高らかに笑った。


「あの馬ならば、どこの大会に出ても優勝することは間違いないでしょう。それで十分でございます」

【御礼】

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