流星王の喪失《其の参》
家畜と共に草原を移動して生活している遊牧民は、ゲルという移動式の住居で生活している。かなり本格的な造りだが、三~四人で作業して二時間前後で完成するという。簡単に建設できるようだが、意外にも内部は広く、十人前後が入ることも可能なようだ。
「今日は耀世が来るということで、腕によりをかけたからな。ぜひ楽しんでいってくれ」
そんな浩宇さんの言葉の通り、ゲルの中央部分に置かれた卓子の中央からは焼けた肉の匂い。唐辛子の辛い匂いなど食欲をそそるような香りが漂っている。
「これは南方の料理かい?珍しい」
そういって耀世様が手に取ったお椀からは、鼻を刺激するような辛い香りが漂っている。
「本当だ!今日は息子も料理を手伝うと言っていたのだが……」
そう言う浩宇も少し不思議そうな口調で、想定外の料理だったのだろう。
「仔空、この汁物はどうした?!お前が作ったんだろ?」
少し驚いたようにそう言った浩宇さんの言葉に、ゲルの外から「父さん、どうした?」と少年が顔を出した。流星王の前で言葉を交わした少年だ。
「市場に行ったら、南方の香辛料が格安で手に入ってさ。都では流行っているみたいだから作ってみたんだ」
湿度が高く暑さが厳しい南方では、花椒や唐辛子、椒麻醤、豆板醤などがふんだんに使われた辛い食べ物を好んで食べるという。
我が国は広大な国ということもあり、地方それぞれに郷土料理が存在するが、海に面していることもあり様々な地域の人々が集まる南方では、各地の郷土料理を南方風に味付けしてしまうという。そのため幅広い層から人気を集めており、都でも南方料理を提供する店が増えつつあると依依が言っていたような気もする。
「ただ辛いだけでなく、味に深みがあり美味しいですね」
私がそう言うと、耀世様は「それならいいが」と少し不満そうな様子で食事を始めだした。
酒や食べ物などがこれでもかという程用意され、私達がゲルから解放されたのは深夜をかなり回った時間だろう。足取りがおぼつかない耀世様を支えるようにして歩きながら後宮へ戻る道を歩いていると、耀世様は「すまない」と小さくつぶやいた。
「何がですか?」
確かにこれほど深夜にまで宴会が及ぶとは思っておらず、色々と予定が狂うな……とは思ったが、耀世様と一緒に遊牧民の家庭を訪問すると決まった時点である程度覚悟はしていた。
「本当は――、遊牧民らしい食事を食べさせたかったんだ」
「でも凄いごちそうでしたよ」
舌が痺れそうなほど辛い料理ばかりだったが、それでも丁寧に時間をかけて作ったのが分かる美味しい料理ばかりだった。
おそらく仔空は皇帝である耀世様が『喜ぶような料理』を提供したく今流行りの料理を用意したのだろう。
「遊牧民らしい食事とはどんな食事でございますか?」
「基本の味付けは塩だけなんだ。素材そのものの美味しさを楽しむ料理が多い。羊肉も食べられるかと思ったが……」
「なら作らせればいいのでは?」
後宮には皇帝、皇后様専用の調理場が存在する。毒などが混入しないようにすることと、特別な料理を用意しなければいけないからだ。国中から腕自慢の料理人が集まり料理をしていることでも有名で、おそらく彼らならばどんな料理も作れるに違いない。
「私が『これを食べたい』というと調理場が混乱に陥るらしい。以前、食べたい物の要望を出したところ、担当部署から叱られた」
「皇帝なのに好きなものも食べられないんですね」
皇帝の食卓は毎日が宴会と言っても過言ではないほど豪華絢爛だ。夜食として提供されている耀世様の料理ですら、私達がお祝いの席で食べる料理よりも豪華だったので、主となる三食はさらに豪華に違いない。
ただどれだけ豪華だとしても本当に食べたいものが食べられないならば、その豪華さは実はあまり意味がないのかもしれない。
「あ!依依がいますよ」
麻花売りだった依依は、材料と作り方が分かれば大半のものは難なく作ってくれる。私がいた村で食べていた鯉料理も見事に再現してくれた。
「依依に耀世様が子供の時に食べていた料理を作ってもらいましょう。私の部屋に来た時にこっそり食べればバレませんよ」
「ああ――そ――それは――いい」
呂律が回らなくなっている所をみると、どうやら大分眠いらしい。半ば引きずるようにして彼を後宮へ連れて帰ると「蓮香様!」と依依が出迎えてくれる。
「大分、陛下は飲まれていますね。ちょっと失礼しますね」
依依は私が抱えている腕とは反対側に回り込み、一緒に耀世様を運ぶのを手伝ってくれた。
「大丈夫でございましたか?」
依依が心配するのは尤もだ。彼女が現れてくれたおかげで、私の緊張の糸もゆるみ段々と瞼が重くなってくる。「大丈夫よ」と短く応えるのがやっとだ。
寝る前に化粧を落として、着物を着換えて――とやらなければいけないことを脳内で考えているうちに私の宮へ到着する。その頃には耀世様は完全に爆睡しており、そんな彼を寝台に寝かせた瞬間、私の意識も遠くなるのを感じた。
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