流星王の喪失《其の壱》
「蓮香、馬を見ないか!?」
宮に現れた耀世様はそう言って、私の隣にドカリと座った。突然の申し出に私は思わず首を傾げる。
「馬でございますか?」
「そうだ。明後日から年に一度の遊牧民族の国民行事ナーダムが開かれるのは知っておるだろ?」
ナーダムとは遊牧民たちが各地で行う祭典で、一番大規模なものは宮廷内にある軍事演習場で行われる。先帝時代に遊牧民との戦が勃発したが、その終結と共に両者の国交を築くという趣旨で同祭典が宮廷でも行われるようになったのだ。
「ナーダムでは、競馬、競弓、相撲などが行われますものね……」
年に一回の祭典だが、いつの間にそんなシーズンになっていたのか……と小さな驚きを覚える。耀世様や瑛庚様と知り合ってから、これまでと異なり一日があっという間に過ぎ去っていくような錯覚を起こす。
「今回優勝候補といわれている馬が凄くてな」
耀世様は珍しく興奮しており、どうやらかなり馬に興味があるらしい。
「白銀のように美しい毛並みをしていて、その馬が駆ける姿は流星のようであることから『流星王』と呼ばれている」
「流星王……」
「競馬では負け知らずでな。流星王が出てくると他の馬は歯が立たん。先日は西国主催の大型馬が出場する大会にも出たのだが、なんと流星王が圧勝した程だ」
遊牧民族が愛用する馬は背丈が非常に低い。当たり前だが馬は大きくなればなるほど、必要な飼料の量は増えてくる。砂漠などあまり草が生えていない地域を横断することもある遊牧民にとっては大型の馬を飼育するのは難しいのだ。
ただ小型馬は飼料が少なくて済むという利点がある一方、走行速度となるとどうしても大型馬には勝つことができない。そのため一般的には大型馬が出場する競馬には、小型馬は出場しない。出場することは禁止されていないが決して勝てないからだ。
「大型馬に混ざっても勝てる――となると小型馬の間では勝負にならないのではございませんか?」
「そうだ。勝負にならないから小型馬が集まる大会では出場を嫌がられるんだが、今回はナーダムだからな。満を持して出場することになったらしい」
「優勝すると陛下から褒美をいただけますものね」
ナーダムで優勝した出場者は皇帝から褒美を授けてもらえる――というのも数十年前から受け継がれている慣習だ。優勝者が所望したものは、金、着物、馬など何であれ、全て皇帝が与えるのだ。中には士官を希望し、将軍として活躍している人物もいる。
おそらく流星王の馬主もそれを狙って出場してきているに違いない。
「ああそうだ。私の母も競弓で優勝し、先帝の目に止まったという」
「競弓でございますか?」
「そうだ。当時、母は遊牧民の最大規模の部族の長の娘でな。弓の腕には自信があったらしい」
弓の腕が評価されただけでなく、あの明るい人柄に先帝も惹かれたに違いない。後宮にいる気品あふれる后妃様方も魅力的だが、時にはあの朗らかな人柄で心を休めたい――という気持ちも分からなくもない。
「物語のようでございますね」
少しウットリして私がそう言うと、照れたように耀世様は軽く笑う。
「それにな。私達がどんな生活をしていたかも知ってもらいたいのだ」
「とおっしゃりますと?」
「私達は後宮から逃げ出している間、前皇后様が亡くなられるまで遊牧民に混ざって生活していたんだよ」
確かに皇太后様が遊牧民出身ならば、その逃亡方法が一番自然だろう。
「流星王の馬主とは古い知り合いでね。明日、夕食に誘われているんだ」
軍事演習場には遊牧民が愛用する移動式住居・ゲルが多数建てられている。おそらくその中で伝統料理を一緒に食べてくれ――というのだろう。
ようやく彼が登場する際に提案してくれた言葉の意味が分かり私は笑顔で
「楽しみにしています」
と頷いた。
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