外宮と後宮
行きと同じように瑛庚様と同じ軒車に揺られながら後宮に帰ることになったが、行きと大きく異なったのはそこに耀世様もおり、彼が皇帝の姿をしていることだ。
「なんで瑛庚もいる」
明らかに不機嫌そうにそういう耀世様に瑛庚様はヘラヘラと笑顔を見せる。
「いや、ほら俺って後宮によく出入りしているだろ?お前と違って下手したらバレるかな~~って」
「そんなわけはない」
瑛庚様の言い分を耀世様がバッサリと切り捨てたくなる気持ちは分からなくもない。瑛庚様は特に皇帝として振る舞う時は、私といる時とはまるで別人だ。二人が一緒にいたならばバレそうだが、それでも宦官として軒車に全く違和感なく乗り込んでいた。
「しかし……今回は徳妃付きの宮女の半数以上が亡くなるとはな」
全く反省する様子もない瑛庚様に大きくため息をつくと、耀世様は窓に肘をつき諦めたようにそう言った。彼の視線の先には流れゆく景色だけでなく、記憶の片隅に残っている彼女達の姿があるのかもしれない。
徳妃様付きの宮女は全員で八人いたが、今年配属されたばかりの三人を除いて全員が亡くなったことになる。
「従一品の后妃の選定も大変だけど、徳妃付きの宮女を探すのも大変だよな~~」
「徳妃様は宮女の間でも人気ですから大丈夫ですよ」
私は笑顔で瑛庚様の心配を否定する。『男装の麗人』として人気を集めていた元賢妃様だったが、徳妃様は対照的な『絶対的な美妃』として宮女の間では憧れの的だ。おそらく后妃に応募していた宮女達の一部も徳妃様付きの宮女になれるならば、后妃応募を取り消す人間もいるだろう。
「ただ――お付きの宮女を亡くされた徳妃様の心境を考えますと……やはりお辛いでしょうね」
二人の前だったため、そう語ったが全く徳妃様については心配もしていなかった。
意気消沈している様子の徳妃様だったが、今朝方は何事もなかったように軒車に乗り込まれていた。林杏は
「気丈に振る舞われていましたよ~~」
と報告してくれていたが、先日の徳妃様との会話を思い出すと本当に何事も感じていないような気がする。おそらく「部屋に飾ってあった花がなくなったから新しい花を活けよう」ぐらいの認識なのかもしれない。
瑛庚様の心配とは別に、おそらく数日以内に徳妃様は自ら宮女を選定するだろう。
「ねぇ、本当に蓮香は后妃になるつもりはないの?従一品の貴妃、淑妃、賢妃が空いているわけだし……」
向かいに座っていた瑛庚様は私の手を握り、そう熱く語る。
「私には徳妃様のような後ろ盾もありませんし――」
「後ろ盾があれば、そなたは后妃になるのか?大臣の養女にして後ろ盾になってもらうか?」
隣に座っていた耀世様は窓から私へ視線を移し、さらに私との距離をグッと縮める。確かに皇帝から「后妃にするから宮女を養女にしてくれ」と持ち掛けられたら、断る大臣は少ないだろう。
現に数代前の皇帝は妓楼上がりの妓女を貴妃にするために、大臣の養女にしてから後宮に召し上げたという。
「それでは陛下に申し訳が立ちません」
「どういうこと?」
耀世様は私の言わんとすることに納得し静かに唸る反面、瑛庚様は不思議そうに首を傾げる。
「大臣の娘が従一品になるということは、その大臣に力をお与えになることになります。陛下達が私を大切にしてくださればするほど、その大臣の存在が陛下の治世の足かせになってしまいます」
後宮はただ女性が集まる場所ではなく、外宮の政治的思惑を反映する場所でもある。現に後宮には隣国の姫達が集まっているが、その中でも皇后様の国・洶国は我が国への影響力が強い。
農作物だけでなく資源も豊かな我が国だが洶国へその資源を優先的に輸出しているだけでなく、洶国から加工品も積極的に輸入している。
ただ逆に考えると優先的に貿易を行ってもなお価値がある国だからこそ、その国の姫を皇后に据えているという側面もある。
しかし私には全くの利用価値もない。となると理由もなく一人の大臣に力を与えてしまうことになるのだ。下手をすると均衡を保っていた大臣の政治的関係のバランスを乱すことにもなりかねない。
「後宮の女性管理もすごい面倒だけど、政治も面倒だよね~~」
私の手を放し、諦めたように座席の背もたれに寄りかかりながら、瑛庚様は大きなため息とともにそう言い放った。
「何度も申し上げますが私は静かに機織りができれば、それで幸せでございます」
何度目かになる私の要望だったが、二人の大きなため息にかき消される形で、聞き届けてもらうことはできなかった。
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