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不老不死が奪うモノ

「嫌なことに巻き込んで本当に申し訳なかったのぉ」


 甘ったるい香を身にまとった徳妃様は、怖いぐらい何時も通りだった。

秋実様と宝様が亡くなられたこともあり、その日に後宮に帰る予定だったが翌日へと予定が変更された。その日の夜、私は徳妃様の部屋へと呼ばれ、こうしてお茶を出していただいている。


「そなた付きの宮女から『甘い物好き』と聞いてな。アマチャヅルの茶を用意させた。飲んでおくれ」


 そう言って両手に握らされた杯からは微かにだが甘い香りが漂ってくる。甘茶は一般的に毒性はないといわれているが、濃すぎる甘茶で体調を崩すという例は聞いたことがある。問題はこの手元にある甘茶が濃いのか濃くないのかを見ることができない点だ。


「心配するな。そなたを殺したら、陛下に妾が殺されてしまう」


 クスクスと笑いながら徳妃様は私の手元にあった杯を取り上げ、一気にそれを飲み干した。


「ほら、大丈夫じゃったろ?」


「疑っていたわけでは……」


「よいよい。それぐらい用心深くなくては、後宮では生きていかれぬ。それに――そなたはあの宮女達とは違う」


 甘ったるい香が似合うように華やかな徳妃様の口からこぼれた言葉とは思えず、思わず耳を疑ってしまった。


「宝が妹の死について探るために後宮に来たのは直ぐに分かった。ただ五年前の醜聞が広まるのは妾の立場が許さなくてのぉ――。全員いなくなる方法を考えていたのじゃ」


 徳妃様は楽しそうに手に持っていた扇で軽やかに仰ぐ。その静かな風が微かな汗と香の香りを運んでくる。信じがたかったが徳妃様は興奮しているようだ……。

 確かに今回の一件は犯人が自殺したということで、全てが不問に付されることになった。


「そなたがいたから宮女頭は無理かと思っていたが、見事に道連れにしてくれた。宝は凄いのぉ」


 まるで宝様が見事な芸を披露したかのような口ぶりに私は返す言葉がなかった。


「でも、それもこれもそなたの名推理があったからじゃ」


「わ、私が秋実様を殺したとおっしゃりたいのですか?」


 確かに五年前の事件を蒸し返して、秋実様を追い詰めたのは事実だ。


「宝はのぉ。琳を毒殺した時点で疲れ果てておったのじゃ。ほれ、最後だけ顔を潰していなかったじゃろ?段々、自分のしていることが疑問になってきたようでのぉ」


 人を一人殺すだけでも相当の覚悟と労力が必要となる。今回のように四人も殺し顔も潰すという行為は精神的にも負担だったに違いない。


「ところがそなたが秋実を追い詰め自白させてくれたおかげで、宝は復讐心を思い出したようじゃ。ほんに心が弱い女が多くて困るのぉ?」


 暗に私がしたことは徳妃様と同じだと言われたような気がして、静かな怒りがこみ上げてくるが、後宮ではないといえ従一品の徳妃様に逆らうことは私にはできなかった。


「本当に助かった。それでな、褒美をやろうと思っている」


「褒美など……結構でございます」


 褒美を受け取ってしまっては徳妃様の言い分を肯定するような気がして、いつもよりさらに強く断る。


「怒ってくれるな。ほれ、人魚の肉じゃ」


 ごろりと膝の上に置かれた塊に全身の鳥肌が立つような錯覚を覚える。


「不老不死の妙薬として有名じゃろ?」


『人魚の肉を食べると不老不死になれる』という伝説はこの国に古くから伝わっている。だからこそ『人魚の祝福』が与えられるという神殿が栄え、同時に『人魚の呪い』という裏伝説がまことしやかにささやかれる。


「これは――徳妃様がお召し上がりになるべきものでございます」


 体の良い断り方が思いつかず、苦し紛れにそういうと徳妃様はクスクスと微笑む。


「妾の母は人魚じゃ」


 とんでもない告白に、再び耳を疑った。


「妹と紹介したが、あれは母じゃ。十代の生娘に見えるが、あれでも二百年近く生きているらしい」


「に、二百年?」


どこまで本当か分からなかったが、人魚の生命力に驚きを禁じ得ない。


「ただな……人魚と公言してしまうと、国中からその肉を求めて戦になったこともあるらしい。それ故、常に布をかぶり人魚であることを隠し、定期的に代替わりをしておる」


「な、なんでそのようなことを私に……」


「そなたが美しいからじゃ」


 徳妃様の香りが強くなり、彼女の細い指が私の頬を這う。


「陛下が夢中になるのも分かる。妾は、その美しさが失われるのが惜しいのじゃ。この肉を食べさえすれば、その美しさは永遠になる――。だからこの神殿へも連れてきたのじゃよ」


徳妃様にウットリとした口調でそう言われるが、彼女がやりたいことは花を押し花にして保存したい――という願望でしかない。私は静かに首を横に振って、徳妃様の手をゆっくりと引き離す。


「徳妃様……どのように美しい花でも散るから美しいのでございます」


「そなたは醜く枯れていきたいのか?これを食べさえすれば、永遠に老いに怯えることはないのじゃぞ?」


 顔をこすりつけんばかりの距離で徳妃様はそう叫ぶ。確かに後宮に住む女性の多くは、どれだけ美貌を保てるかに毎日苦心している。美は女性にとっての永遠の課題かもしれない。


「私は愛した人と一緒に老いることができない人生の方が恐ろしゅうございます」


 静かに反論すると、徳妃様は声高らかに笑った。何時もは形のよい笑みを浮かべ、申し訳程度に笑い声をあげる徳妃様だったが、この日の笑い声はまるで泣き叫ぶような笑い声だった。

 


【御礼】

多数のブックマーク、評価ありがとうございます。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 徳妃様もなかなか癖の強いお方で好きです。
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