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人魚の呪い《其の七》

「確かにあの日、リーに水をかけ、あの四人は部屋から彼女を締め出しました。ですが後宮は人里離れた村ではございません。服を着替えようと思えば、どこでもできたでしょうし暖を取ることだってできたでしょう。でもそれをしなかったのは莉でございます」


「では莉が自殺をしたとでも言うのか」


 地面の奥から響いてくるような低音の声が露台につながる窓の向こうから聞こえてくる。怒りに震えているがパオ様の声だった。隣の部屋の露台から伝ってこの部屋へ来たのだろうか……。

 海に突き出すようにして建てられている神殿だ。誤って落ちたら命はないに違いない。それでも彼女がこの場所へ姿を現したことで、彼女の『覚悟』を見せつけられたような気がした。


モー出てきてはダメと言ったじゃろ!」


 露台から部屋に入ってきた宝様を叱責したのは徳妃様だった。


「やはり徳妃様が手引きされていらっしゃったのですね」


 おそらく宝様は名前を変えて後宮へ入ったのだろうが、同郷の徳妃様ならば直ぐにその事実に気付いたに違いない。だがあえて気付かないふりをしていたのは、莉様を見殺しにしてしまった後悔の念からだろうか……。


「だから人魚の祝福を我が娘に受けさせようと申したか――」


 呆れたようにそう言った瑛庚様に徳妃様は、慌てて振り返り髪が乱れるのも気にせず勢いよく首を横に振る。


「それは違います。人魚の祝福を与えたかったのは偽りではございません。ただ宝……いえ茉がどうしても当時の事実を知りたいと申したので、当時の宮女らを集めたまででございます」


「事件当時、宮女だったもう一人の人物も呼ばれたわけでございますね」


「確か……光瑾グァンジンと言ったか?」



「その人物が宝様の身代わりとなって殺されたのでしょう」


 宝様の年齢が二十七歳であったため、勝手に五年前から在籍している宮女だと思っていたが実際には宝様ではない宮女がもう一人いたのだ。宿屋の主人が「出戻ってきた領主の娘」と見間違えたのは、おそらく彼女だったに違いない。

 宿屋を利用すると足がつくため、自らの実家に泊め何らかの口実をつけ呼び出したに違いない。


「光瑾は五年前の事件から逃れるように後宮を出て地方の役人と結婚していたくせに、『陛下が会いたがっている』と伝えたら、のこのことこの村までやってきたのよ」


 確かに地方の役人との結婚生活よりも、後宮で后妃として生活する方が富と名誉が手に入るだろう。


「神殿に入るには宮女の格好をしていないと怪しまれるといったら、アッサリと私の着物をきて……。驚くほど簡単に殺せたわ!」


 勝利宣言をするかのように高らかに宝様はそう言うと、サッと短刀を懐から取り出し秋実様の背後へ回ると、喉元へそれを押し当て


「なぜ莉を殺した」


と静かに問いただした。


「後宮に来れば妹の死の原因が分かると思っていた。でも誰も口を割りゃぁしない。だからこうして全員に『死にたくなかったら答えろ』って聞いたらね――なんて言ったと思う?」


 宝様は楽しそうに短刀で秋実様の喉へペチペチと叩く。少しでも手が滑ればおそらく秋実様の喉は血に染まるのではないか……そんな不安がこみ上げる。


「『秋実様が嫌っていたから』って答えたんだよ。笑えるだろ?そんな簡単な理由であの子は殺されたんだよ。なぁ、で、あんたは何て答えるんだ?『徳妃様が可愛がっていたから』とでも言うのかい?」


 狂気をはらんだ宝様の言葉に秋実様は何かを諦めたようにグッタリと肩の力を抜くのが分かった。


「その通りよ。徳妃様に可愛がられていたのが気に入らなかった。違うわね……あの子の全部が気に入らなかった。若くて可愛らしくて天真爛漫で裕福な家の出で……私に無いものを全部持っていて、徳妃様付きの宮女の中で一番后妃になれる人材だった……」


 宮女の募集要件に十五歳以上という年齢制限があるのと同様に、后妃になれる年齢制限も二十五歳までと決まっている。現在三十歳の秋実様はおそらく後宮に入られた時点で后妃になれる最後の一年だったのだろう。


「なぜ言ってくれなんだ。そなたが后妃になりたいなら私も推挙したぞよ」


 徳妃様の必死の主張を秋実様は小さく笑う。


「徳妃様が後宮に入られて一年。宮女頭である私がそのようなことを申せたでしょうか。全て承知の上でした。徳妃様のために自分の人生を捧げると――」


 宮女でなくても年齢が高くなれば高くなるほど結婚は遠のく。言葉の通り、後宮に骨を埋める覚悟が求められるのが宮女頭の仕事でもある。


「ですが莉を見ているとその覚悟がどんどん揺らいでまいりました。あの子の小さな失敗を責め立てることで自我を保っていた……と思っております。本当に申し訳ないことをしたと後悔しております」


 そう言うと秋実様は膝をつき、そのまま床へこすりつけるように頭を下げた。


「姉上である宝に謝っても取返しのつかないこととは分かっている。だが、本当にすまなんだ」


「秋実様……」


 宝様は持っていた小刀を床に捨て、秋実様の両腕を掴むようにして立ち上がらせた。


「この五年――その言葉が聞きたかったんです」


 ようやく事件が収束したと安堵の息をついた瞬間、宝様は秋実様を引きずるようにして露台へ連れて行き、そのまま飛び降りた。それは一瞬のできごとで誰もが彼女達を止めることはできなかった。


【御礼】

多数のブックマーク、評価ありがとうございます。


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