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人魚の呪い《其の六》

 既に帰り支度を始めている宮女頭の秋実チューシー様は、私達の来訪にはっきりと聞こえるように大きくため息をついた。


「今は忙しいので後にしてもらえるかしら?」


「忙しい所、すまんな。一点だけ確認させて欲しいことがあるらしいぞ」


 そう言って私の後ろからヒョッコリと現れた瑛庚エイコウ様に秋実様は慌てた様子で作業を止め、床に膝をつく。


「陛下、大変失礼をいたしました」


 恐縮した様子で慌てる秋実様に瑛庚様は、気にするなと言わんばかりに手を振る。


「気にするな。それより蓮香が聞きたいことがあるらしい。教えてやってくれ」


「か、かしこまりました。それで……聞きたいこととは?」


 ようやく発言することを許され私はゆっくりと口を開いた。


「宮女頭様を含め今回殺害された宮女様方は徳妃様が後宮に入った時から徳妃様付きの宮女を務めていらっしゃりますが、その中に一人、途中で入ってきた方がいらっしゃるのではないでしょうか」


 年に一度、国を挙げて宮女を募集する試験が行われる。応募資格は十五歳であるため、今回殺害された宮女は五年前から徳妃様付きの宮女をしていたのだろう。


「ええ。パオがそうですがそれが何か?」


「おそらく今回の一連の事件の犯人は宝様でしょう」


 私がそう断定すると、その場にいた全員がザワザワと驚きの声をあげる。


「しかし宝も被害者だ。どうやって宝の後に亡くなった琳を殺すのだ?」


 瑛庚様の疑問は尤もだ。死人が犯人だとすると、それこそ呪い殺すしか方法は残されていない。


「宝様の死体と思われるものは別人で、おそらく身代わりだと思われます」


「身代わり……」


「本来は自分の身代わりになる人物の顔だけ潰せばよかったのですが、複数人が被害者となる場合、一人だけ顔が潰されていては不自然でございます」


 それこそ犯人は自分だと宣言しているようなものだ。


「だから最初に殺害された二人の宮女の顔も潰したのでしょう」


 琳様の遺体の顔が潰されていなかった時点で、犯人はそれ以前の被害者の誰かだとは思っていた。


「しかし何故、宝が?」


「五年前の事件が全ての発端です」


 私がそう断言すると、秋実様がゴクリと唾を飲み込むのが分かった。


「五年前……というと徳妃付きの宮女……リーが亡くなった事件のことか?」


 瑛庚様の口から宮女の名前が出てきたことに軽く驚かされる。現時点の宮女だけでなく、過去の宮女についても把握しているとは……。宝様については秋実様ではなく彼に質問すればよかったのかもしれない。


「さようでございます。領主の次女が亡くなったのは、事故ではなく今回亡くなった宮女らによる犯行だったのではないでしょうか」


「な、何故そう言い切れる」


 そう言った秋実様の声は微かに震えており、「事実だ」と肯定しているようなものだった。


「もし『人魚の呪い』だとしたならば、非効率的だからでございます。本当に領主一族を根絶やしにしたいならば、長男に痣だけ残すでしょうか?一方、家督とは全く関係ない次女が亡くなるというのは不自然すぎます」


 百歩譲って女系にだけ累が及ぶとしたならば、長女は健在というのも不思議だ。何度も殺された恨みを持つ相手に対する所業としては手ぬるい。


「さらに『人魚の呪い』が宮女らにも及んだ――というのが一番不可思議でございます。なぜ今回初めてこの地を訪れた宮女らを狙わなければいけないのでしょうか。順当に考えれば神殿の関係者……巫女様や徳妃様を狙うのが普通でございます」


「人魚伝説のおかげで、この神殿は繁栄しているからな……」


 瑛庚様は思い出したかのようにグルリと部屋を見渡す。


「五年前の莉様の死が、今回亡くなった宮女方の死に関係していると考えるのが妥当でしょう。では何故四人もの宮女を殺さなければいけなかったのか――。それは彼女達によって莉様が殺されたからではないのですか?」

 

 瑛庚様の前だからだろうか、秋実様はキュッと唇を噛みガンとして語ろうとはしない。


「陛下が即位直後ということで、私が『事故』として処理するよう彼女に申し付けたのじゃ」


 そんな膠着状態を解決したのは、徳妃様の軽やかな声だった。


「あれは私も悪かった。上に立つものとして宮女には平等に接するべきだったが、同郷のよしみでな……ついつい目をかけてしもうた。徐々に莉に対する風当たりも強くなってな……可哀想なことをした……」


「知っていて何故止めなかった」


 微かに怒りをはらんだ瑛庚様の言葉に、徳妃様は小さくため息をつく。


「私が庇えば庇うほど、莉の立場が悪くなっていきました。だからあの日、彼女が水を頭からかけられていることは知って、あえて放っておきました」


「水をかけられるぐらいよくあることですからね」

 

 林杏は妙な自信をもって徳妃様の言葉を擁護する。水をかけるという嫌がらせは見た目だけでなく精神的にも相手を傷つけることができるため、後宮ではよく使われる嫌がらせのうちの一つだ。

 私は水の音を聞き分けて避けているため、あまり水をかぶることはないが、林杏は定期的にずぶぬれになって部屋へ帰ってくる。


「濡れたぐらいならば自分でなんとかするだろう――と。結果として私はあの日、莉を見殺しにしたのです」


「徳妃様は何も悪くございません。あの者が勝手に死を選んだだけでございます!」


 徳妃様の自白が功を奏したのか慌てた様子で秋実様が口を開いた。


【御礼】

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