人魚の呪い《其の四》
残念ながら人の命には平等な価値は存在せず、二人の宮女が亡くなったことは隠されたまま、公主様へ『人魚の祝福』を授ける儀式が行われた。一番驚いたのは徳妃様が特別悲しんだ様子がなかったという点だ。演技なのだとしたらさすが徳妃様ともいえるが、もしかしたら彼女にとっては特段悲しむべき出来事ではないのかもしれない。
ただ、そんな徳妃様と対照的だったのは宮女仲間だった。
「あんた、こうなることが分かっていてあの娘達を見殺しにしたんでしょ」
そう言って私の胸ぐらをつかんだのは、宮女頭の次にベテランである琳様だった。
「さすがに昨夜殺害されるとは予想はしておりませんでした。ただ戸締りは徹底するよう宮女頭様にはご助言させていただいております」
キッパリとそう進言すると、悔しそうに琳様は手を離される。彼女としてもやり場のない怒りがこみ上げてくるのだろう。そんな琳様に代わり声を上げたのは宝様だった。
「これは絶対『人魚の呪い』よ。領主一族を根絶やしにするのでは飽き足らず、神殿の住人にも害を及ぼそうとしているんだわ」
「人魚の呪いでは……」
呪いの可能性を否定しようと思ったが、宝様の一言で集められた宮女はザワザワと騒がしくなる。
「私は嫌よ。こんな所にいたら今度は私が殺される!」
宝様は私が止めるのも聞かず、そのまま部屋から足早に出て行ってしまった。そしてそれを合図にするように
「私達も部屋の鍵を閉めて一歩も出ません」
と若手三人の宮女と琳様は部屋へ戻ってしまい、残された宮女頭の秋実様は大きくため息をついた。
「私達から話を聞く……ということでしたが、そのような状況ではないようですね。あの者たちは私から諭しますので、落ち着いた頃に再度伺わせていただくということでよろしいでしょうか」
そう言った宮女頭の声には疲れがにじみ出ていた。確かに今日は朝早くから式典の準備があり、その後の宴会の準備にも駆り出されている。さらに仲間の死もありその疲れは倍増しているのだろう。
「くれぐれも戸締りにはお気をつけくださいませ」
私はそう言って小さく丸まった秋実様の背中を見送ることにした。
「あぁ~~疲れた~~」
その日、深夜遅くに現れた瑛庚様はそう言いながら私の膝へ勢いよく飛び込み、そのまま器用に頭を膝の上にのせる。
「つつがなく式典が執り行われましたこと、お慶び申し上げます」
こういう日ぐらい徳妃様の所に行ってあげるべきだ――ということをやんわりと伝えるが、勿論伝わっていないようだ。
「なんだよ。他人行儀だな~~。でも俺、一日いい父親として頑張っていただろ?褒めてよ?」
私の手を握り、頭を撫でるように誘導するので仕方なしに、私はその艶のある黒髪を撫でることにした。さすが皇帝と言うべきか、後宮ではなくとも完璧に手入れが行き届いており手にはサラサラとした感触が伝わる。
「お疲れ様でございます。そういえば人物画は都から届きましたでしょうか?」
「おお、それそれ。蓮香の言うように確かに徳妃は宮女らの人物画をかなり早い段階で描かせていた。だが、その人物画が何者かによって持ち去られていたことが判明したんだ」
これで遺体が誰かを判明することができれば、自然と犯人も分かるだろう……。と思ったが問題はそう簡単に解決しないらしい。
「なるほど……」
犯人はおそらく徳妃様付きの宮女の中にいるだろう。人物画を事前に処分していた……となると後宮を出る時点で、今回の殺人は犯人によって計画されていたこととなる。
「犯人もなかなかやりますね」
「俺は蓮香が殺されなかったら、それでいいよ」
そう言いながら毎回のごとく抱きつこうとする、瑛庚様を軽くはねのけ私は寝台の中へもぐりこんだ。
「もう寝るのか?」
「明日は近くの宿屋へ確認に行きたいので」
「宿屋に何がある?俺もついて行っていいか?」
どうせついてくるなと言ってもついてくるのだろうな……と思いながら私は肩に置かれた手を軽く振り払った。
次の日、案の定、朝靄が晴れる間もない海岸を依依と歩いていると、後方から
「蓮香~~~~!!」
と瑛庚様の叫ぶ声が聞こえてくる。
「なぜ私を置いて行った」
連れて行くとは言っていない……と思いながら、私は「大変申し訳ございませんでした」と砂浜へ膝をつき頭を下げる。だが、これはあまりお気に召さなかったようで、プリプリとしながら瑛庚様は私の腕をつかみ立ち上がらせる。
「私は朝、そなたに起こしてもらえるとワクワクしていたんだぞ」
時々、この人は本当に皇帝なのかと思うほどアホなことを言い出すから面白い。
「次回はちゃんと起こしますね」
適当に約束しながら、私は目的の宿屋に向かうことにした。
「しかし何故、宿屋なのだ?」
「まず、顔面が潰されているということは、おそらく犯人が入れ替わるための仕掛けでございます。となると犯人の代わりに被害者となる人物が必要でございます」
「それならば、そこら辺にいる女をかどわかせばいいではないか」
瑛庚様は海の方向へ向かって指をさす。おそらくその先には朝の海で漁をする女性の姿が映っているのだろう。
「ここら辺で働く女子を身代わりにしては、日焼けや手の傷などで直ぐに身代わりであることがバレてしまいます。宮女とはいっても徳妃様付きの宮女は、ほとんど料理や洗濯などはせず、従六品の宮女に任せております」
「つまり後宮から宮女を呼び寄せているということか?」
「さようでございます。しかし神殿にその者を泊めてしまっては、身代わりであることが直ぐにばれてしまいます。おそらく宿屋などに宿泊させているのかと」
都から来た女性の一人客など、非常に珍しくおそらく直ぐに調べは付くだろう。うまくいけば被害者に成り代わった犯人を捕縛できるかもしれない……と思ったのだ。そんな期待は海から聞こえる悲鳴によりかき消された。





