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人魚の呪い《其の壱》

蓮香レンカどうか、私と一緒に実家に帰ってくれぬか」


 突如、私の部屋を訪れた徳妃様にそう言われて、私が思わず言葉を失ったのは言うまでもない。


「こ、後宮を出られるのですか?」


「あぁ、そういうわけではない。ただ、この子に人魚の祝福を与えたくての」


 徳妃様の腕には小さな女の子がいる。ちょうど一ヶ月前、早産という形で誕生した幼き公主様だ。


「人魚の祝福……ですか?」


「妾の出身地は人魚がかつて住んでいたという伝説が語り継がれている入り江があるのじゃ。そこで巫女から祝福を与えられると、不老不死といわれている人魚の祝福が与えられ、健康な子に育つといわれておる」


「勝手に行ってきたらどうでしょう」という言葉を思わず飲み込み、代わりに私は首を傾げる。


「すまぬ。説明が逆だな。最近、この入り江に『人魚の呪い』があるという噂が流れ始めたのじゃ」


「人魚の呪い?」


「あぁ。かつて入り江を治めていた領主が、人魚の肉を食らうと不老不死になるという伝説を聞き人魚の肉を探し求めたらしい」


為政者が最後にたどり着く夢が「不老不死」ということはよくあることだ。


「ところが手に入ると領主は、それを食べるのが怖くなったらしく下女に無理やり食べさせたという。さらに不老不死になったか確認するため、その下女を何度も殺させたというのじゃ。その場所が入り江だったことから『人魚の入り江』になったというのだ」


 その惨たらしい所業に思わず眉をひそめてしまう。不老不死になったかどうかを確認する方法は殺してみるのが一番かもしれない。ただ不老不死でも死ぬ痛みを感じるのならば、呪われても仕方ないだろう。


「さらに夜な夜な人魚が現れ、領主の一族を根絶やしにせんとするというのじゃ。既に領主の一人息子が怪我をして歩けなくなる事件が起きてのぉ……」


 なかなか猟奇的な人魚がいるものだ。人魚の絵図を帯に織り込んだことがあるが、殺人鬼のような人魚の話を聞くのは今回が初めてだった。


「だが妾が子供の頃はそんな噂、聞いたことがないのだ。そんな残忍な行為をした領主も私が知る限りおらぬ。おそらく何者かが領主を恨んで流した噂だと思うのだが……。そこで蓮香に一緒に来てもらい謎を解いてもらいたいのだ」


 徳妃様付きの宮女が自害された事件が起きたのは少し前のことだ。状況から一度は徳妃様が犯人ではないかと幽閉された。だが二人が密かに想いあっていたことが原因で宮女が自殺したと判明し、再び従一品の后妃としての生活を取り戻すことができた。


 その原因を突き止める手助けを私がしたこともあり、徳妃様の中では「私=謎解き担当」という認識が生まれたのだろうか……。『人魚の呪い』について解決できるかは大いに謎だったが、ちょうど帯が出来上がったばかりということもあり私は快諾することにした。


 いや、正直に明かそう。


 山育ちの私は物語や絵図でしか触れたことがない海に行ってみたかったのだ。




「なんで瑛庚エイコウ様が一緒なんですか?」


 私は軒車の中で瑛庚様と向かい合って座りながら、後宮を出た時から感じていた疑問を口にした。


「俺が一緒じゃ嫌?俺は二日も蓮香に会えないと死ぬって前も言ったよね」


 そう言って抱きつこうとするので私は慌てて瑛庚様の頭を片手で押しのけ元の場所に座るように促す。


「まぁ、それは冗談だけど、『人魚の祝福』とやらを受けるには、子供の両親が揃っていた方がいいんだって言われてね」


 てっきり徳妃様付きの宮女という形で人魚の入り江に行くとばかり思っていたので、私に割り当てられた軒車が皇帝のものと知り驚かされた。


「それならば徳妃様と一緒の軒車にお乗りになればいいじゃないですか」


「徳妃が蓮香と一緒に乗るように言ってくれたんだよ。なかなか気が利くよね」


 二人の皇帝とは男女の関係ではないが、徳妃様から見れば毎晩のように訪れ寵愛を与えているように見えるだろう。そんな宮女を連れて行くならば、皇帝の軒車にあてがうのは当然といえば当然かもしれない。


「政務の方は大丈夫なんですか?」


「本当は政務がやることが多くてさ、行くのを断ろうって耀世と言っていたんだよ。でも蓮香が行くって聞いてさ、慌てて二人で片付けたんだ」


 普段は政務を耀世様、後宮を瑛庚様が担当しているが、いざという時はこうして二人で政務をこなすことがあるのか……と思わず感心した。


「それで耀世ヨウセイ様は留守番ですか?」


「それはさすがに可哀想でしょ。あいつも宦官として付いてきているよ。ちょうどほら――」


 と言って瑛庚様が窓から顔を少し出して指さしたのは徳妃様付きの宮女らが乗る軒車だった。


「あそこに宦官のフリをして乗っている」


「なるほど……。徳妃様付きの宮女達だけでも八人もいますもんね」


「徳妃は特に人気だからね――。徳妃付きの宮女になりたいっていう人間は多いみたいなんだよね」


『男装の麗人』として人気を集めていた賢妃様は、宮女の間で密かな憧れの的だった。そんな賢妃様とは対照的な華やかな女性的魅力を持つのが徳妃様だ。優美な言動から賢妃様とは別の形で宮女の間で人気を集めていた。


「何度か入れ替わっているけど、今は確か……宮女頭が秋実チューシー三十歳で、二十八歳のリン、二十七歳のパオ、二十三歳の雪嬌シュエジャオ、二十歳の暁君シャオジュン、十八歳の健楠ジェンナンイェン、十五歳のジンだったかな」


 スラスラと名前と年齢を読み上げるように紹介され私は思わずあんぐりと口を開けてしまう。


「宮女の名前、全員覚えているんですか?」


「俺、女の子の顔と名前、年齢を覚えるの得意なんだよね。だから蓮香のことだって直ぐに気付いただろ?」


「た、確かにそうですけど……」


 耀世様は「自分のために瑛庚様が後宮での勤めを果たしてくれている」と語っていたが、もしかしたら彼の天職だったのかもしれない……と思い始めていた。

【御礼】

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