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雲なす証言《其の四》

「ち、違います……」


 貴妃様はようやく、この段になり自分が失言していたことに気付いたのだろう。狼狽した様子で隣にいた宮女へしがみつく。


「陛下、お怒りは尤もでございますが、それについても調べはついております」


「というと?」


「連れて参れ」


 薇瑜ビユ様がそう言うと広間の後方の扉が開く音がし、小さな足音が聞こえてくる。若い宮女なのだろうか。


「貴妃、この者に見覚えはないか?」


「私の部屋の宮女でございます」


「そうじゃ。だが正確にはな……妾がそちの部屋へ遣わしていた宮女じゃ」


 その言葉に貴妃様は座っていた椅子から転げ落ちる。


「い、いつから?!」


「そなたが後宮に入った頃からよのう。この広い後宮を管理するために手伝いはいるじゃろ?」


 薇瑜様は喉の奥でクックッと小さく笑う。


「そちの子が流れたのは、蓮香との事故より一週間前のことだというではないか」


 周囲のざわめきが一段と高くなる。


「はい。貴妃様はあの事故より一週間前にご自身の不注意により浴室にて転倒され、お子様が流れてしまわれました」


 薇瑜様の発言を裏付けるように先ほど連れてこられた宮女が、静かに証言をする。密偵としての役割もこなしていた彼女は本来ならば物静かで存在感がない人物なのかもしれない。


「宮医は何故報告しなんだ?」


「陛下へ報告しようとされたのですが、貴妃様に賄賂を握らされ黙っておりました。ただこのままでは貴妃様が罰を受けかねないので、陛下の寵愛が厚い蓮香様を犯人にしたてようと計画されたのです」


「そ、そ、そなた!何をでたらめを!! ただで済むと思うてか?!」


 金切り声を上げながら宮女の報告をかき消そうとする貴妃様に瑛庚様は小さくため息をつくと、玉座から立ち上がり貴妃様の元へ歩を進めた。


「ただで済まんのは、お前だ」


と持っていた扇で貴妃様のアゴを持ち上げた。その表情はうかがえないが、貴妃様がガクガクと震えられている様子を見ると鬼気迫る表情をしているのかもしれない。私の知っている瑛庚様とは別人のような気もしてきた。


「私の大切な()()を奪おうとした罪は重いぞ。今回の事件について沙汰する。この者を離宮に生涯幽閉せよ」


 短く言い放った後、「あっ」と思い立ったように、薇瑜様へ振り返った。


「薇瑜、いいな?」


「は、はい」


 唖然とした様子で同意する薇瑜様の言葉を合図にするように、控えていた衛兵達が貴妃様の両脇を抱えると引きずるようにして小広間から引きずり出した。その姿が見えなくなると、慌てた様子で瑛庚様は私へと駆け寄る。


「蓮香!! 痛くなかったか?怪我はしてないか?」


 瑛庚様は私の存在を確認するように、頬、髪、肩と私の身体に不調がないか一つ一つ触りながら確認してくれた。


「大丈夫でございます」


 何時もの寝台と比べ大牢の寝台は堅かったので全身がガチガチするが、疑いが晴れた喜びの方が大きくそれは些細な問題でしかなかった。


「そなたを助けるのが遅くなって本当にすまなかった」


 そう言った瑛庚様の声は少しかすれていた。昨夜はほとんど寝ていないのかもしれない。おそらく耀世様と共に私を助けるために奔走してくれていたのだろう。


「とんでもございません。それよりも命をお救いいただきまして本当にありがとうございます」


 これは半分以上薇瑜様へ向けた感謝の気持ちということもあり、私は再び床へ頭をこすりつけるようにして感謝の気持ちを示すことにした。




「あぁ~~本当によかったですよ~~」


 大牢から出され、自室へ帰ったのは深夜を過ぎていたが私は林杏に手伝ってもらいながら風呂に入っていた。

 この宮に来てから毎日好きな時間に風呂に入れていたので、大牢での風呂なし生活は精神的に堪えた。恵まれた生活が時には弊害をもたらすことを今回初めて知ることとなった。


「私、蓮香様が死刑になっちゃうんじゃないかって、本当に……本当に……心配していたんですよぉ~~」


 後半からは泣きながらそう言う林杏へ私は「ありがとうね」と感謝を口にして、小さく微笑む。林杏と依依は、私の沙汰が出るまでこの部屋から出ることを許されなかったらしい。心細い想いをさせたかと思うと、申し訳ない気持ちがこみあげてくる。


「蓮香様、先ほど陛下付きの宮女から花が届けられました」


「花?」


 私は洗い流した髪に油を刷り込みながら、依依の報告に首を傾げる。


「こちらでございます」


 そう言って渡された一本の花からは、淡く爽やかで気品のある香りが広がってくる。


「芍薬?」


「凄い!さすがですね。でも……文とかはないみたいですね」


 花だけで言葉を伝えたかったのか……と私は静かに考え始めた。少ししてこの花が指す意味が分かり私は慌てて、まだ水分を含んだ髪をまとめ上げ着物を身にまとう。


「今日は、もういいから寝てちょうだい。遅くなってごめんね」


「え?いいんですか?って……蓮香様、どこ行くんですか?夜中ですよ?」


「大丈夫、直ぐ戻るわ」


 そう言って部屋から駆け出した私の背中に林杏の「は~~い」という間の抜けた声と依依の「お気をつけて!」という少し緊張した声が投げかけられた。

【御礼】

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