表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/99

開かずの間の住人≪後編≫

 私が最も望んでいなかった展開が目の前で繰り広げられることになった。



 縛り上げられた宮女と宦官。

 それを両サイドから囲む衛兵。

 その前に座る皇帝陛下と皇后・薇瑜ビユ様。

 


「この二人が密会していましたのね」


 優雅に薇瑜様はそうおっしゃるが、その言葉の端々から苛立ちを感じているようだ。滅多にない陛下の来訪が、この二人によって邪魔されたのだから当然といえば当然だ。


「二人は何時から逢っていたのだ?」


 陛下の言葉に宦官の男は、消え入りそうな声で「半年前です……」と囁く。その解答に陛下は吐き出すように短く笑った。


「半年も! 衛兵達は何をしていた」


「それが……開かずの間での幽霊騒ぎがございまして、夜中になると近寄る者が減っておりました」


 そう答えたのは衛兵長だ。後宮で衛兵を務める彼女達もやはり同じ女性。幽霊騒動により足が遠のいていたのだろう。


「それで妾の着物を盗み、着用していたと……」


 皇后の怒りはその点にも及んだようだ。宮女は着物を盗んだことがバレないように代わりとなる着物を置いて行ったらしい。その中でも特に目立つ帯は代替品がなかったため、私の元へ製作を依頼したという。


「陛下、死罪がふさわしい罰でございます」


 短く言い放った皇后様の言葉に、縛り上げられた二人は小さく「ひぃぃ」と悲鳴を上げる。


「申し開きは……あるか?」


 ないだろと言わんばかりにそう言った陛下だが、宦官は「恐れながら!」と叫ぶようにして口を開き、その瞬間両脇に構えていた衛兵が宦官を押さえつけた。


「私達は同郷で育ち、将来は結婚を約束した仲でございました」


 本来ならば発言が許されないであろう宦官だったが、彼の言葉に陛下は「ほう」と興味深そうに頷く。続きを話すことが許され、堰を切ったように彼は身の上話を始める。


「十五の時に彼女の両親に結婚の申し入れをしようとしましたところ、宮女として召し上げられることが決定したと言われてしまいました。私は彼女を忘れることができず、宦官として後宮に潜り込みました」


 恋人を追って宦官になるとは、何たる根性というか執念というか。私が宮女と同じ立場だったならば、ゾッとするが……。相手となる宮女にとっては感動的な再会だったのだろう。宦官の隣でさめざめと涙を流している。


「全て私の責任でございます。薇瑜様の着物を盗むようにそそのかしたのも私です。どうぞ彼女だけはお助けくださいませ!!」


「いえ、私が自ら着物を盗みました!私が彼を誘惑したのでございます。どうか、どうか彼の命ばかりは……」


 わざとらしい命乞い合戦に思わずあくびが出そうになるが、勿論堪える。しかしその言葉は意外にも陛下には届いたようだ。


「分かった。それではそなた達は流刑としよう」


 陛下の決定に周囲はザワザワと騒がしくなる。『流刑』など甘すぎるのだ。宮女と宦官の密通は重罪。さらに薇瑜様の着物まで盗んでいる。本来ならば薇瑜様がいうように死罪が順当だ。


「陛下、それではあまりにも!」


「宮女の募集によって、この者達の仲を裂いてしまったわけだ。同じ島へ流刑にしてやれ」


 薇瑜様の反論をいなすように陛下はそう言うと、片手を振り二人を出て行くように衛兵へ合図する。それを機に二人の罪人は引きずられるようにして部屋から連れ出された。


「それで……今回の功労者はこの者達なのか?」 


「はい。開かずの間に入っていく所を目撃したらしく、衛兵に連絡をとったようです」


 そう説明するのは私が所属する尚儀局を取りまとめる首席宮女の小芳シャオファン様だ。


「しかし亡霊騒ぎにも臆さずよく対応したものだ。怖くなかったのか?」


「蓮香、陛下がお聞きですよ」


 小芳様にそう言われて初めて私は発言権を得る。本来ならば言葉を交わしてもいいような方ではない。現に今も膝を床につき両手を掲げ額はそこに付けたままだ。


「前皇后様が亡霊になるはずはないと信じておりましたので、何者かが幽霊騒ぎを起こしているだけと思っておりました」


「ほう――。面白い」


 陛下は何やら楽しそうな口調だ。


「私を殺そうとした女だが……幽閉されて恨みなどないと?」


「皇后様たるもの、そのような心根をお持ちのはずはございません。おそらく自分の罪を悔い改め、お亡くなりになられたのではないでしょうか」


「皇后とはそのような心根を持つのか?」


 陛下に聞かれ、薇瑜様は嬉しそうに口を開いた。


「そうでございますわね。陛下をお恨みするような皇后など、過去にも未来にもおりませんわよ?」


「そうか。そうか」


 二人は嬉しそうに笑っており、私の答えが満点だったことを知る。


「それでは、そなた達に褒美を取らせよう。何か望みはないか?」


「褒美など――陛下からお声をかけていただけただけで一生の幸せにございます」


 さらに満点の答えを返した。これで彼らの記憶から消える……、それが私の望みだ。


「ほう、欲がない。では、隣の者は?」


 何かを決意したかのように林杏の喉が小さくゴクリと鳴るのが聞こえてくる。慌てて止めようとするが気付いた時には彼女は


「蓮香様のところにお渡りいただけませんでしょうか!」


と叫んでいた。

 なぜ私の周囲の人間はこうも平和な時間を壊したがるのだろうか……。勿論、聞こえないように私は小さくため息をついた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

ランキング参加中!よろしくお願いします。→小説家になろう 勝手にランキング
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ