雲なす証言《其の参》
事故についての沙汰が下されるために私が連行されたのは、後宮の小広間だった。中央に簡易玉座が設置されているその場所は小さな式典などを行うときにも使用される。この日は玉座に瑛庚様、その隣に薇瑜様が座り、私はその正面に頭を床に付けて待つようにいわれた。
そんな私の少し前には椅子に座った貴妃様がいる。宮女らにかいがいしく世話をされているところを見ると、どうやら体調はまだあまりよくないらしい。
「では貴妃の言い分から聞くとしよう」
一つ一つ扇を広げながら、薇瑜様は少し面倒くさそうにそう言った。
「はい。あの日、私が宮女らと散歩をしておりましたところ、この機織り宮女が凄い勢いで走ってまいりました」
「走って――?」
不思議そうな薇瑜様に貴妃様は大きく頷く。
「はい。あまりにも危なかったので、端に寄ろうとしたところ、この者が箱の中から蚕をけしかけてきたのでございます。飛んできた蚕に驚き転倒してしまったのでございます。その結果……子供を失うことに」
一息にそういうと泣き崩れた貴妃様を周囲にいた宮女らは抱きかかえるようにして支えた。
「蓮香、それは本当かえ?」
皇后様に聞かれて、私は慌てて首を横に振る。
「私は一人で歩くことはできますが、さすがに走って移動するのは危険です。さらにその日は蚕を持っておりました。蚕にあまり衝撃を加えたくなかったので、走る――というようなことはしておりません」
ここに来て、初めて弁解らしい弁解ができたことに少しだけホッとさせられる。ただ事件のあらましが、この数日間の間に大事件に変化している事実にも戦慄させられた。
「なるほど――。ここから話が食い違うとは」
「おそれながら皇后様、この者は嘘をついております。皇帝の子供を殺した罪から逃れるためにこのようなことを申しているのでございます」
キッパリとそう宣言したのは貴妃様だった。
「確かに真実は一つ故、どちらかが嘘をついているのだろうね」
「私は嘘などついておりませぬ。陛下、目をお覚ましくださいませ。このような下賤の者を寵愛しすぎ、本来の道を見失っていらっしゃいます。もし皇后様がいらっしゃらねば、この者は無罪になっていたでしょう。このようなことを許してもよろしいのでしょうか!」
それは皇帝へ向けられた言葉であるかのように聞こえたが、その実は薇瑜様に伝えているのだろう。
「おそれながら――」
部屋の端にいた耀世様が、そう言って立ち上がるや否や薇瑜様はパシリっと扇を自分の手に打ち付けた。
「黙りゃ!宦官が誰の許しを貰って発言をしておる」
その気迫にその場にいた全員が言葉を失ったのは言うまでもない。ただその一方で、完全に耀世様の存在がかき消されたのも事実だった。
「ただ沙汰を陛下から任せていただいている故、妾もちゃんと証人を呼んでおる。安心せい」
「遅れて悪かったね」
時期を見計らったように大股でそう広間に入ってきた足音に私は思わず身体が固くなる。養蚕宮で会った中年の女性だったからだ。
「とんでもございません。皇太后様、お時間をいただきありがとうございます」
薇瑜様は膝をついて、その女性を丁寧に迎えた。衝撃すぎる事実に私の思考回路はついていかず唖然としてしまう。
「いやいや、薇瑜には本当に助かっているんだよ。私はねこういう場所が苦手だから」
二人の会話にその場にいた人間の多くがザワザワと騒がしくなる。おそらく私だけでなく多くの人間も彼女を皇太后様だとは認識していなかったに違いない。
「で、今回の事件だけどね。あいにく私は養蚕宮から見ていたよ」
確かに貴妃様とぶつかった廊下の先を右に曲がればすぐ養蚕宮だった。
「後宮を開放している日だからね、誰もいないと思ったんだろうね。だけど私に会いにくる家族なんていないからね。養蚕宮で仕事をしていたのさ。そしたら貴妃達が立ち止まっている蓮香にぶつかるのをちゃんと見たよ」
その言葉にさらにざわめきは大きくなる。これまで『誰も見ていない』という前提から貴妃様方の言い分が通っていた部分もある。だからこそ耀世様が虚偽の目撃情報を進言しようとしてくれたのだ。
「それとね、蚕は成虫になっても飛べないんだ。蓮香がけしかけたというけど、投げつけるぐらいしないと貴妃の方へなんか飛んでいかないよ。あんたも貴妃だかなんだかしらないけど、後宮の人間ならちゃんと蚕の知識ぐらい持っておきな」
「なるほど――。それでは……貴妃は偽りを申しておったのか?」
凛とした薇瑜様の声に、貴妃様はワナワナと震え涙をボロボロとこぼし始めた。
「へ、陛下が、このような小娘を寵愛される故、こらしめようとしただけでございます!!」
「それで死刑にしようとしたと?」
瑛庚様の冷たい声に貴妃様は再び、ビクリと身体を震わせる。
「なるほど……私が王として道を誤っている故、正そうとしてくれたわけだな」
にわかに優しくなった声に貴妃様は嬉しそうに顔を上げた。
「さ、さようでございます。どうぞ目をお覚ましになられてくださいませ!」
「それで……私の子を殺したというのか?」
ぶつかった行為が故意ならば、確かに『皇帝の子』を殺したのは貴妃様本人といえるだろう。





