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雲なす証言《其の弐》

 一度歩いた道は勿論だが、何回か歩いている道はこうして一人で歩いても問題なく歩くことができる。養蚕宮は少し離れた場所にあるが、それでも午後の暖かい日差しを受けて後宮内を歩くのはいい気分だ。


「晴れてよかった……」


 家族達と面会する場所は屋根のない後宮内の広場だ。その日は露店なども出るのだが、雨が降ってしまうと全てが台無しになってしまう。


 そんなことを考えながら歩いていると前方から数人の女性が歩く音が聞こえてきた。この足音と衣擦れの音からすると宮女と后妃様だ。支度が間に合わず時間に遅れると焦っていたのだろうか。壁際によって彼女の邪魔にならないように避けたが、すれ違う瞬間、かすかにだが宮女の一人の肩に私の肩がかすめた。


 その瞬間、「きゃぁぁぁ!!!!」とオーバーなまでの悲鳴が耳に届いてきた。何が起こっているのか分からず、状況を確認しようと彼女の方へ近づくが、どうやら先ほどぶつかった衝撃で倒れてしまったのだろう。


「申し訳ございませぬ。大丈夫でございますか?」


 私が彼女へ手を伸ばそうとした瞬間、その手はパンッとはねのけられてしまう。


「うううううう。痛い……痛い……」


 倒れている宮女の隣にさらに倒れている人物がいるらしく、小さく唸っている声まで聞こえてくる。


「貴妃様?! 大丈夫ですか?!」


「宮医を呼んできて頂戴!」


「貴妃様?! 血、血が出ております!!!!」


 私を取り巻く喧騒にサーッと血が引くのを感じた。おそらく私は妊娠中の貴妃様付きの宮女とぶつかり、貴妃様をも転倒させてしまったのだろう。




 数時間後、私は初めて後宮の牢の中で時間を過ごしていた。以前、徳妃様が収容されていた部屋よりもさらに狭く、かび臭く悪臭すらしてくる。視覚からその負の情報が伝わってこないのが唯一の救いかもしれない。


 転倒した貴妃様は流産されてしまい、私は皇帝の子供を殺したという罪で投獄された。「私は立ち止まっていた」「貴妃様ではなく宮女とぶつかった」と説明したが、勿論、聞き入れてもらうことはできなかった。


「こんな所で死んじゃうのかしらね……」


 貴妃を流産にいたらしめたのだ。おそらく死刑が妥当な量刑だろう。あと何日生き延びることができるのだろうと計算していると、廊下をもつれそうな勢いで走ってくる足音が聞こえてきた。


「蓮香!」


 鉄格子越しにそう言った耀世ヨウセイ様の声に思わず涙ぐんでしまう。どうやら自分が思っていたように私は心細かったらしい。耀世様が鉄格子を握る音が聞こえてきたので、私も寝台から立ち上がり近寄る。


「耀世様……」


 鉄格子を握る耀世様の手に自分の手をそっと重ねると、緊張の糸が途切れたのか自分の頬に涙が伝うのを感じた。


「本当に済まない……。こんなことになるなんて思わなかったんだ。でも大丈夫だ。今、瑛庚エイコウが必死で貴妃を説得している。きっと大丈夫だ」


 私は静かに首を振る。

 そんなことで許されるわけがない。逆に私を庇えば庇う程、貴妃様の怒りは私に向かうに違いない。この二人は本当に呑気なところがある。


「そうだ。私が現場を見たことにしょう。そなたが故意にぶつかっていないと証言すればいいではないか」


「皇帝の耀世様としては無理ですよ」


 貴妃様が倒れた時、後宮を開放する式典が開かれており、瑛庚様が皇帝として出席している。もし耀世様が「見た」と主張しても、時間的につじつまが合わなくなるため、その証言は採用されないだろう。


「では、宦官として私が見たと証言しよう」


 この短絡的な案にも私は首を横に振る。


「宦官の姿ならば確かに別人のようではございますが、さすがにお二人が並び発言されれば双子だということが発覚してしまいます」


「発覚して何故悪い」


「死罪に問われることはないと思いますが……どちらかが後宮を去らなければならないと思います」


 私の言葉に耀世様は「なんだ」と明るい声でつぶやいた。


「それならば私が後宮を去ればいい。ほとんど瑛庚が後宮で生活していたし、政治だってやろうと思えばあいつもできるだろう」


「ですが……」


 反論しようとする私の口を耀世様はそっと人差し指でふさぐ。


「蓮香の命より大切なものなんてないよ。もし蓮香が死んでしまったら、それこそ生きている意味がない」


 そう言いながら、彼は私の頬に伝う涙を手の平で拭いてくれる。


「今回の沙汰は薇瑜ビユが下すと言っている……。私がやると言ったら『陛下は蓮香に肩入れしすぎる』『貴妃も納得しない』って言われてね。君の無実を証明する人がいなければ、蓮香は死刑になるに違いない」


 かつて薇瑜様は「『友人』になろう」と言って下さったこともあったが、あの言葉の端々には敵対心しか感じられなかった。おそらく彼女も私を殺しにかかっているのだろう。

 もしかしたら貴妃様は流産のショックで気が動転されていて、冷静になられたら私の無罪が証明されるのではないか……という一縷の望みを抱いていたが、どうやらそういうわけにもいかないらしい。後宮全体に追い詰められたような錯覚を覚える。


「耀世様はバカですね」


 そう言いながら、私は頬に添えられた耀世様の手に思わず縋り付く。


「私は、これまでだって様々な問題を解決してきたじゃないですか」


 皇帝でありながら、おそらくこの人は本当に私一人のために命を投げ出しかねない。


「今回だってちゃんと解決策を用意してありますよ」


 そんなものはないが……。


「だから黙って見ていてください。手出し、口出し無用です」


 私が最後に彼に贈った笑顔は、ちゃんと微笑めていただろうか……それが気がかりだった。


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