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雲なす証言《其の壱》

 その日は、朝から宮女らが騒がしく着飾ることに励んでいた。一年に一度ある宮女らが家族と面会できる日だからだ。特に林杏リンシンの力の入りようは凄く、数日前から髪に薬などを塗り込み、顔にも泥を塗って汚れを落とす……という美容法を取り入れる程の徹底ぶりだ。


「家族と会うだけでしょ?そんなに着飾らなくても……」


「蓮香様、本当に家族と会うだけだと思っていますか?! 年に一度、他の宮女の兄弟も集まるんですよ? どこに結婚の機会があるやもしれません」


 后妃とは異なり宮女は伴侶となる人物が見つかった場合、皇帝の許可を得て後宮を出ることは可能だ。ただ女の園である宮女に出会いがないため、この制度を利用する人間は限られている。


「普通は皇帝陛下の目に止まり后妃になるのを宮女は憧れますが、蓮香様がいますからね――」


と大きくため息をつかれ、思わず申し訳なくなる。


「気持ちだけど……これ、着けて行ってね」


 心の中で謝りながら、林杏の帯に私が作った飾り紐を巻きつける。もし私が后妃ならば、部屋付きの宮女らに同じ衣装を着せたりするのだが、さすがにそれをしてしまうと反感を買いそうなので飾り紐に留めておいたのだ。


「凄い可愛い!! ありがとうございます」


 先ほどの不満そうな様子から一転して、林杏は飛び跳ねんばかりに喜んでくれた。


依依イーイーはお母様がいらっしゃるのよね?」


 林杏と入れ替わるように私の前に来た依依にもやはり揃いの飾り紐をつける。


「はい。後宮で働かせていただいているおかげで仕送りもできますし、母も鼻が高いと申しています」


「そっか。無理にお願いしたから心配だったんだけど、よかった。じゃあ今日は、これで終わり。仕事はしないから家族との時間を楽しんできてちょうだい」


「やった――」とまるで子供の様に喜ぶ横で依依は


「蓮香様は行かれないのですか?」


と不思議そうに首を傾げる。


「私は家族がいないからね」


 私がそう言うと、珍しく林杏が「ちょっと」と言いながら依依を小突いた。私の言葉の意味に気付いた依依は「すみません」と慌てて膝をつく。


「違うの違うのよ。親代わりの村長は時々、私の技術を確認するために来てくれるから……、こんなに人がいる時にはこないだけなの」


 月に一度やってきて私に面会を求める村長だが、それは親心からではなく私の給金の半分を受け取るために来ている。勿論、そんなことを言って彼女達を傷つけては申し訳ないので黙っているが。


「もうすぐ開門の時間でしょ?さ、楽しんできてちょうだい」


 私は二人の背中を押すようにして、部屋から送り出し、ホッとため息をつきながら長椅子に倒れこむ。喧騒が過ぎ去った代わりに訪れた理由もない寂しさに胸が少し苦しくなったのだ。



「蓮香様が仕事をしていないとは珍しい」


 その優雅な声に私は思わず居住まいを正す。


「耀世様!」


「やっぱり宦官の姿をして紛れ込んで正解だ」


 得意げに言う耀世様に思わず、笑みが漏れる。賢妃様の事件以来、以前のように部屋に訪れるようになった耀世様だが、昼間に二人っきりで会うのは久々かもしれない。


「仕事はしないのか?」


 私の隣に座りながら不思議そうに聞く耀世様に肯定の意味を込めて頷く。


「私が仕事をしたら、少なくとも依依は面会時間を切り上げて戻ってきます」


「林杏は時間ギリギリまで面会時間を楽しんでいそうだけどな」


 段々、耀世様も彼女について分かってきたらしい。


「ちょうど蚕の餌を交換したかったし、二人がいない方が平和にできますしね」


 虫は平気だと言っていた林杏だが、何故か蚕の世話となると及び腰になる。一方、依依はやる気は見せるものの今にも失神しそうなぐらい汗をかく。仕方ないので私が一人で蚕の世話をしているのだが、すると二人には「手伝わねば」という義務感が生じるらしい。

 だから普段は深夜に世話をするようになっていた。


「養蚕宮に蚕の餌である桑の葉をいただきに参りたいのですが、担当宮女の方も出払ってしまっているでしょうか……」


 今日は基本的に多くの宮女が仕事をしないと決められている。陛下や后妃様に作られる料理も昨夜のうちに作られたものを出すという珍しい一日でもある。


「大丈夫だろう。おそらく母がいるからな」


「皇太后様ですか?」


「あぁ、蚕をもらい受けに行った時にいただろ」


 皇太后様なる人物に心当たりがなく思わず首を傾げる。


「おかしいな……。毎日のようにいるのだが……。すれ違ったのかもしれんな。よし今日は私が一緒に行こう」


 そう言って立ち上がった耀世様に私は慌てて首を振る。


「ダメですよ。耀世様のこの姿では、宦官と私が手を取り合って後宮を歩き回っていたって、根も葉もない噂がたちまち立ってしまいますよ。ここは少し離れた場所だからまだいいですけど……」


「そうか……」


 心底残念そうな彼の手を握り「大丈夫ですよ」と伝え、私は蚕の入った箱を持って養蚕宮へ向かうことにした。


【御礼】

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