黄色い部屋の秘密《其の四》
賢妃様が再聴取のため衛兵らに連れていかれる様子を多くの宮女らが涙を流しながら見送る中、私はグイッと手を引かれて空き部屋へと連れ込まれた。部屋に入った瞬間後ろから慌てたように抱きしめられ、龍涎香の香が鼻腔に広がる。
「会いたかった――」
背後から回されている手を振り払おうとしたが、その一言にまるで呪いがかかったように体が動かなくなった。
「耀世様……誰かが来ます」
体を動かす代わりにそう言うと
「少しだけだから――」
と私の頭の上に顎を乗せて、さらに私を逃がすまいとする。
「象牙の置物……迷惑だったんだってね」
「置き場所に困る」と言いかけて、私はあえて言葉を喉の奥に引き戻す。賢妃様の一件で、少なからず衝撃を受けている彼にあえて厳しい現実を突きつけるのは忍びなかったのだ。
「瑛庚に『女に置物を贈るなんて馬鹿だ』『着物か宝石を贈れ』って怒られたよ。ごめんね……」
おそらく「いらないと伝えてくれ」と言った言葉を大げさにに変換して伝えたに違いない。私は静かに首を振った。
「これまで後宮から逃げ続けていたのが仇になったな。何を贈ったら女性が喜ぶか分からないんだ」
「宝石も着物も私はいりませんよ?」
後宮での生活が長い瑛庚様もやはり私の望むものを与えてくれないことをせめて伝えたかった。
「なぜだ?何故、そこまで蓮香は無欲なんだ」
「無欲なんかじゃありませんよ。ただ宝石や美しい着物って、私の場合、いつ着けるんですか?機織りをするのには正直、邪魔でしかございません」
式典の時すらも宮女の場合、それぞれの局で揃えられた宮女服を着るのが決まりだ。正直、寝間着にするぐらいしか役に立たないが、今度は寝間着としてはかさ張りすぎていて役目を果たさない。
「そう言われればそうだな」
妙に納得した様子の耀世様に私は苦笑する。
「これが『向き合う』ですよ」
「そうか……。そうなのか……」
「私は後宮で静かに機織りができれば、それでいいんです」
何度も言っている言葉だが、今ならば伝わりそうな気がした。案の定、耀世様は静かに「う――ん」とうなる。
「だが、そなたも私の気持ちを考慮して欲しい。私は蓮香に何かを贈って喜ばせたいのだ」
「なるほど――」
私は静かに納得しながら、おそらく彼の気持ちを考慮しなければこの部屋からは出してもらえないだろう……という事実にも気付き始めていた。
「それでは、蚕を育てさせてください」
「蚕?!」
耀世様は私の要望に素っ頓狂な声を上げる。後宮では、養蚕事業の大切さを普及するために、后妃らが中心となって養蚕にまつわる儀式などを年に何度か主催する。勿論、その飼育は后妃達ではなく宮女らが担当しているのだが。
「一度、育ててみたかったんです」
生糸を作る蚕は基本的に野生では生息していない。長年この国で家畜として育てられてきた生き物であるため手に入れるのが非常に難しいのも特徴だ。
「この時期でしたらまだ大丈夫ですよね?」
冬になると卵の状態で冬眠する蚕。もう少し気温が寒くなってしまうと、おそらく孵化させられなくなるに違いない。
「それはいいが……」
耀世様は何やら難しそうに言葉を濁す。皇帝の権限を使ってもやはり蚕を分け与える……というのは難しい問題なのだろうか。
「難しいですか?」
「いや……。大丈夫だ。大丈夫なんだが……。蓮香の部屋に行くと蚕が常にいるというのは……」
「お嫌いでしたか?」
子供の頃、糸について学ぶ機会に蚕を触らせてもらったことがあるが、虫にもかかわらずフワフワしていて小動物のようだった。体が重いため飛ぶことができないため手の平に乗せることも可だ。蚕の足にキュッと力を込められる感覚は甘えられているような気にもなる。
「嫌い……ではないがな……。ちょっと不気味な見た目をしているだろ?」
「あ、それでしたら寝室に置いておきます。それでしたら大丈夫ですよね」
なかなかの名案を思い付いたと思ったが、背後から回されていた耀世様の腕にギュッと力がこもり
「それは絶対ダメだ」
と何故か拒絶されてしまった。





