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盲目の織姫は後宮で皇帝との恋を紡ぐ  作者: 小早川真寛
第1部

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黄色い部屋の秘密《其の壱》

「見てください!これ!」


 そう言って林杏リンシンは、私の前に一枚の紙を突き出した。


「林杏……」


 咎めるような依依イーイーの言葉でようやく、私にそれが見えていないことを彼女は悟ったのだろう。林杏は慌てて作り笑いを浮かべる。


「すみません。ちょっと興奮しちゃいました!実は、徹夜で並んでようやく賢妃様の姿絵を手にすることができたんですよ」


 西国出身の賢妃様は彫りが深く、異国情緒あふれる美女だといわれている。この国の着物を着用しても美人なのだろうが、彼女は自国の民族衣装を愛用されることが多い。その衣装が袴に似ていることと片言の喋り方から、後宮では「男装の麗人」として宮女を中心に人気を集めているという。林杏のように姿絵を求める宮女も少なくないのだとか。


「しかも――、ちょうど買った時に、賢妃様が廊下を歩かれる姿を見れたんです!」


 後宮において后妃らは、交流という名のもとに各部屋や宮を行き来することはよくあることだ。ただ私達のような部屋で作業をする宮女の場合、后妃らの姿を目撃することは滅多にない。


「この姿絵も本当に男前で素敵なんですけど、実際に動いているところを見ると思わず息を吸うことを忘れて見惚れてしまいました」


「それで遅れたわけですね」


 依依が後宮に来てからまだ一ヶ月もしていないが既に林杏よりも仕事を覚えており、後輩だが何故か先輩たる威厳を醸し出している。


「え?私、遅れました?」


「では、蓮香様へ誰がお茶を出したと思うんですか?」


「それは依依が早すぎるんですよ」


 全く反省していない様子の林杏に私は大きくため息をついて、手を叩く。


「もういいわ。明日から遅れないでちょうだいね」


「は――い」


 そんな気の抜けた返事しか返ってこなかったが、この数年彼女と一緒にいて、私からの注意が彼女に全く伝わっていないことは痛い程分かっている。賢い依依のことだ、おそらくさほど時間もかからずに林杏をまともな宮女にすることが難しいことを理解してくれるに違いない。


「あ、そういえば、小芳シャオファン様がお呼びでしたよ。なんでも尚儀局まで来て欲しいんですって」


 部屋の掃除をしながら、思い出したように林杏がそう言い、依依は声もなく肩を震わせて怒りを表していた。


「依依――、大丈夫。きっと小芳様付きの宮女ではなく、林杏に言付けされたんですもの。大した内容じゃないわ」


「なんですかそれ――」


 不満そうな林杏を急き立てるようにして私は部屋から足早に尚儀局に向かうことにした。




 尚儀局へ到着すると、首席宮女の小芳様が出迎えてくださった。


「遅くなりまして申し訳ございません」


 膝をついて挨拶すると、小芳様は「いいのよ」と言いながら、立つように促した。


「今は、衛兵達が取り調べ中だからね――」


「といいますと?」


「実は、賢妃様の部屋で間者の遺体が発見されたの。それでね――、賢妃様に通謀の疑いがかけられてね……」


 ようやく私が呼ばれた理由を理解したが、間者が賢妃様の部屋で見つかっているならば、私が出る幕は既になさそうだ。


「私めは何をすればよいのでしょうか?」


「それがね……。間者は見つかったけど、密書が出てこないみたいなの」


「密書が……」


 状況証拠は揃っているが直接証拠が出てきていないのだろう。確かに現状では、たまたま賢妃様の部屋に間者が現れた可能性がないわけでもない。


「そしたら陛下が蓮香を呼べと仰ってね。帯の制作で忙しいだろうけど、手伝ってもらえるかしら?」


 小芳様に頼まれると


「私でできることでございましたら何なりとお申し付けくださいませ」


と答えるしかない。





「ここが賢妃様の部屋よ」


 そう言って部屋に案内された瞬間、林杏が「わぁ――」と感嘆の声を上げた。それに気付いたのか小芳様は私達へ振り返り


「蓮香も林杏もここは初めてだったわね」 


と優しく語りかけてくださる。


「この部屋はね、賢妃様がお集めになられた象牙の置物が壁一面に飾られているのよ」


「壁一面……」


 瑛庚エイコウ様の話から勝手に数十体の象牙の置物が部屋に飾られているだけと思っていたが、どうやら数百体以上存在するのだろう。確かにそんな部屋で寝泊まりはしたくないな――、と思いながら壁へ手を這わせようとした瞬間、ガシッと手首をつかまれた。


「危ない」


 その声と共に鼻の奥まで甘く粉っぽいジャコウに似た香りが広がる。龍涎香アンバーの香り……非常に高価なことで知られているその香りを付けているのは耀世ヨウセイ様だ。


 そしてその時になりようやく、無数に贈られてきた贈り物にもその香りが移っていたことを思い出す。贈り物の意味が分かっていなかったことが悔しかったのか、その香りに胸を鷲掴みにされたのが悔しかったのかは分からなかったが、耀世様の手から伝わる熱はいつもより熱いような気がした。


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