象牙の贈り物
「蓮香も象牙が好きだったのか?」
寝室にズラリと並んだ象牙で作られた置物を見て、瑛庚様は驚いたように声をあげた。今日、昼間、依依が「せっかくだから」と言って飾ってくれたのだ。
「いえ……好きというわけではないのですが」
彼が置物の存在について知らなかったことは小さな驚きだった。てっきり二人の間で報告していると思っていたのだ。
「耀世様から頂きました」
「耀世が?!」
瑛庚様は明らかに驚いたという声をあげて寝台の上に寝転がる。私は小さく頷き、ズラリと並ぶ象牙の置物の一つを手に取る。三十センチぐらいの天女を象った置物は技巧が凝らしてあり、腕にかけられた羽衣はそよ風に揺れるかのような美しい曲線を描いている。
この像について説明する手紙などは付けられていなかったが、おそらく貴重な美術品なのだろう。ただいるかいらないかと言われると、正直いらない。
一ヶ月前、私が突き放した夜以降、耀世様は私の部屋へやってくることはなくなった。少し寂しさを感じたものの、ようやく飽きてくれたか――という安堵感もあったが、なぜか次の日から本来、耀世様が渡られる予定の日は贈り物が届くようになった。
最初は香、扇、手巾などだったのだが、ネタが切れたのだろうか……二週間前からは象牙で作られた像が贈られてきている。象牙の置物が意図する意味が分からなかったが、どうやら彼なりに私に向き合っているということなのだろうか。
「なんだよ……。俺、何も聞いてないぞ」
「瑛庚様ならご存知かと思っていたのですが……」
「耀世が蓮香のところに渡ってないっていうのは聞いていたけど――。しっかし、こんな象牙の置物なんて貰って喜ぶのは、瑞麗ぐらいだろ」
「従一品で賢妃の瑞麗様…ですか?」
私の手から置物を受け取ると、瑛庚様は興味なさげにそれを元にあった場所に乱暴に戻した。
「そうそう。西国出身の姫でさ、部屋中に象牙の像があふれんばかりに置いてあるんだ」
「それは壮観でございますね」
「そりゃ数体ならいいけど、数百体はあるんじゃないかな。正直、あれに囲まれて寝ることを考えたことあるか?なんか変なもんに見られているような気がして――。だから賢妃のところでは泊ったことはない。置物のせいだって賢妃も分かっているんだろうけど、片づけないところをみると泊って欲しいわけじゃないんだろうな」
多くの后妃が皇帝のお渡りを心待ちにしていると思っていたので、賢妃様の対応は不思議だった。本当に子供ができればそれでいいのだろう。
「耀世には俺からも言っておくけど、それでも増えるようならどこかやっちゃっていいよ。売ったら結構な金になるんじゃないかな」
貴重な象牙で作られている像というだけあり、普通に買えば宮女一ヶ月分の給料は軽くするだろう。
「さすがにそれはできませんよ」
「なんでだよ。政務で忙しいのかもしれないけど、一ヶ月以上会いに来ないんだろ?その代わりに変な置物だけ贈ってくる奴なんて放っておけよ」
私と耀世様の間に隠し事があったことが気に食わないのだろう。そう言って瑛庚様は私の手を強くひき、寝台の上に座らせた。
「蓮香が欲しい物はなんだ?着物か?翡翠か?」
私は首を横に振る。平穏で静かに機織りができる時間さえ与えてもらえればそれでいいのだが、彼らにはいくら言っても伝わらない。最近ではそれを伝えることすら億劫になってきている。
「でも……この象牙はいらないということを耀世様に伝えていただけると嬉しいです」
「なんだよ。伝言係に使いやがって」
「でも、本当に宦官としてもいらっしゃらないので……なんとお伝えしていいやら……。さすがに贈り返すわけにもいきませんし……」
夜だけでなく、日中も訪れないという徹底ぶりに最初は怒らせたかな……とも心配したが、どうやら彼なりに試行錯誤しているらしい。
「手紙を他の者に代筆させようかと思ったのですが、周囲の人間からすると次の日には陛下がくるのに――と思われかねませんでしょ?」
耀世様が姿を見せない一方、瑛庚様は相変わらず二日に一回は律儀に部屋に顔を出してくださる。
「俺は蓮香と二日以上会えなかったら死ぬぞ」
瑛庚様はそう言いながら私に抱きつき、そのまま寝台へ押し倒そうとしたので私は彼の頭を軽く押しやり寝台から立ち上がった。
「私は仕事がありますので、大人しく一人で寝ていてください」
広い部屋に移ったため、以前は二台体制だったところを三台体制に増やし比較的作業時間に余裕はできたが、未だに六本の帯をさせなければいけない現実は変わらない。
「はいはい、一人で寝ますよ。でも……仕事が終わったら来てくれるんだろ?」
布団の中でそう言う瑛庚様は小さな子供のようで思わず苦笑してしまう。
「ここで寝るしかありませんからね」
私はそう言い残すと、足早に作業場へと戻ることにした。
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