大いなる眠り《其の四》
「今回も蓮香の名推理が光ったな。褒美をつかわすが、何がいい?何でも良い。言うがよい」
淑妃様らがいる前でそう言われ、私は用意していた言葉をグッと喉から絞り出す。
「この宮を三日ほどお貸しいただけないでしょうか」
おそらく「何もいらない」という私の言葉を期待していたのだろう。瑛庚様は小さく「ホウ」と面白そうに同意する。
「珍しい。この宮が気に入ったか」
「はい芸術的な設えでございます。淑妃様が素晴らしい感性の持ち主であることが伝わってまいりました」
「で、住んでみたいと」
「おそれながら!!」
唾を飛ばす勢いでそう叫んだのは淑妃様だった。
「淑妃は嫌か?」
「確かに怪奇音を解決してくれたのは、ありがたいですが、さすがに宮を明け渡せというのは度が過ぎるのではないでしょうか」
半ば叫びながらそう主張する淑妃様の言い分は尤もだ。
「だがな……私は『なんでもいい』と言ってしまったからな……」
「宮女に寝室を使われるぐらいならば、私は自害いたします!!」
他の后妃様の寝台で陛下といたす……なんという悪趣味な……と思ったが、私の希望がそう聞こえてしまったことは事実だ。
「いえ、寝台は使いません。帯を織る仕事が滞っておりますので、こちらの宮を利用して機織りをさせていただきたかったのですが……」
「では淑妃。その三日間、私はこの宮へは渡らない。それならばいいな?」
「ですが……」
瑛庚様に妥協案を提示され、淑妃様は反論する言葉を失くす。
「蓮香、それでは明日から三日間でいいか?」
「ありがとうございます」
私は頭を下げると、部屋のありとあらゆる方向から痛い程の視線を感じることとなった。
「何か気がかりなことでもあったか?」
次の日の夜、私は宮の応接間で作業をしていると、ふらりと宦官姿の耀世様が現れた。
「誰も宮女がいないようだが……」
「私の部屋で本当に仕事を進めてもらわないといけないので」
「ということは、やはり他の意図があってこの宮を借りたいと言ったのだな」
「確証はございませんが……」
これはあくまでも私の推理でしかないし、もし何も出てこなかった時に大問題になりかねないので「宮を借りたい」と申し出たのだ。
「瑛庚は淑妃の部屋へ行かなければいけないって、閉口していたよ」
「お借りしている間は、『陛下』がお渡りになられないという約束でしたからね。それでお願いしたものは用意していただけましたか?」
「あぁ、既に作業は進んでいるが……見に行くか?」
「お願いします」
耀世様に案内されたのは、寝室の真下にあたる床下部分だった。この宮は高床式になっており地面から一メートル程離れて建造されている。おそらくカビなどが生えないように通気性をよくしたのだろう。その地面部分を数名の工夫が掘っている音がする。むせかえるような土の匂いがあたりに立ち込めていた。
「これだけ広い宮だが、ここでいいのか?」
「おそらくあるとすれば、ここだと思います」
「何があるのだ?」
「出てから……でもよろしいでしょうか。出ない可能性もありますので……」
私の険しい表情から何かを察したのだろう。耀世様は黙って作業を見守ることを赦してくれた。
数十分もした頃だろう。
「旦那!何か出てきました」
と工夫の一人が叫んだ。
「何が出てきた?!」
「へ、部屋みたいな空間でさぁ」
「部屋?」
工夫の言葉に誘われるように耀世様も地面に這うようにして、床下を進む。
「こ、これは……」
かろうじて悲鳴を喉で押し込めたのだろう。ヒュッという音が耀世様から漏れる。
「蓮香、あったぞ。これのことか?」
私は耀世様の方から漂う死臭に、最悪の予想が当たったことを知り頷いた。
「なんだこれは?!」
床下から運ばれた物体を応接室に移すと、その異様さはさらに際立ったようだ。
耀世様によると、その『何か』は白い包帯で全身が巻かれており、黒い帽子、かぶり靴、宦官の服、扇を持っているらしい。そして手には革で作られた手枷がかけられているという。
「監禁されていた男性の遺体ではないでしょうか……。おそらく二年前にこの宮を建造する際に、地面に埋めたのだと思います」
「な、何故……これがあると?」
「陛下とこの応接室で怪奇音を聞いたのですが、淑妃様は『ここでも鳴るのか』と仰っていました。もし怪奇音が木材によるものならば、音が移動するというようなことはございません」
本来ならば応接室では怪奇音が鳴らなかったからこそ、瑛庚様を応接室に案内したに違いない。
「淑妃様の慌てようも手掛かりになりました。普通ならば怪奇音が鳴る部屋から新しい部屋へ移動することを許されれば、喜んで移られるものです。ところが淑妃様は部屋を移動しないように陛下に懇願されていました」
「ではなぜ寝台の下なのだ……?」
「淑妃様が寝台を特別なものと考えていらっしゃったからです。隠すならそこかと――。ただ断定はできなかったので三日間お時間をいただきました」
最悪、床下を全部掘り返したとしても、三日あれば事足りるだろうと考えたのだ。
最初は怨恨による殺害からの埋葬かと思ったが、遺体を丁寧に着飾っているところを見ると、おそらく違う感情が淑妃様にはあったに違いない。そんな私の推理を肯定するように、宮の入口から絶叫が聞こえてきた。
「凄いものが出てきたな」
楽しそうにそう言う瑛庚様の横で淑妃様は涙をボロボロ流しながら遺体へ近づこうとしているが、それを衛兵が押さえていかせまいとしている。
「触らないで!!!!!私のものなの!!!!」
淑妃様の叫び声に全員が絶望的な気持ちになったのは言うまでもない。
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