浮気の定義
「まだ怒っているのか?」
私の髪の毛をとかしながら、機嫌を取るように耀世様はそう問いかけた。
「まるで自分は関係ないような口ぶりでございますね」
私は機織りの作業する手を止めず、髪だけを彼にゆだねてそう返事をする。
「まぁ……あれを考えたのは瑛庚だからな」
確かにあの場で『皇帝』として中央の座に座っていたのは瑛庚様だった。
「あの列に一緒に並んでいた時点で同罪でございます。それにもし私があの場で、耀世様の仮面を外したらどうなったことか」
「蓮香なら直ぐに気付くだろうと思っていたからな」
私は小さくため息をつく。少なくとも二日に一回は会っている耀世様だ。質問をして嘘かどうか確かめないでも、近くに行けば必ず彼だと分かるだろう。
「でも……二度とあんなことはしないと約束する」
見えていないと思っているのだろうか、そう言いながら耀世様は私の髪に口づけをした。
「ええ、二度とあのような趣味の悪い遊びはしないでください」
そう言って、私は乱暴に耀世様から自分の髪を回収した。ちいさく「あっ」と名残惜しそうな声がするが、もちろん無視をしてササっと髪を簡単に結い上げる。
「『幼なじみ』を見つけるか否かではなく……。そなたが他の男に触れるのはあまり気持ちがよくなかった。できれば言葉も交わして欲しくない」
「陛下の招集を断るような人間ですよ。二度と私の前になんて現れませんよ。おそらく妻や子供がいて、私の存在なんて迷惑なんですよ」
あの日から抱えていた小さな悲しみをホロリと漏らす。別に『幼なじみ』の少年に対して、未だに愛情に似た感情があるわけではない。ただ会うことすら拒まれたことがショックだったのだ。
「久しぶり」「元気にしていた」「すっかり大人になって」そんな他愛もない言葉を交わし、別れるつもりだった。会うことさえ拒まれたということは、そんな会話すらも無用と思われたのだろう……。
「そんな顔をするな」
耀世様は背後からおもむろに私に抱き着いた。意識していなかったが、そんなに酷い顔をしていたのだろうか。
「もう二度とあんなことはしないよ。そなたのそんな顔は二度と見たくない」
「そうしていただけると助かります」
私は回された腕をポンポンと叩いて、離れてくれるように促す。ここで彼に好きなだけ引っ付かせておくだけの時間が私には残されていないのだ。
「蓮香が私達以外の男と言葉を交わす姿も二度と見たくない」
「大丈夫ですよ。後宮には女か宦官しかおりませんから」
「宦官は男だ」
とんでもない主張に思わず作業の手が止まり、思わず背後にいる耀世様を振り返ってしまった。
「耀世様……さすがにそれはどうなのでしょうか?」
仕事を行う上で宦官と話すことも多々あるが、それを禁止するとはいかがなものだろうか……。
「いや、正直に言おう。瑛庚とだって言葉を交わして欲しくないし、一緒の空間で朝まで過ごしてもらいたくはない」
「何言ってんですか……」
私は大きくため息をはき、必死な様子でそう告白した耀世様の言葉を一蹴する。
「一晩一緒に過ごすっていっても、それは耀世様も同じじゃないですか。こうして他愛もない話をして同じ寝台で寝るだけですよ?途中で帰ったら迷惑になるから――と仰ったのは耀世様ですよね?」
皇帝というだけあって、自分の部屋へ帰るだけでも複数人の宮女や衛兵が彼らの後をついて回る。最初は深夜を回ったあたりで部屋に帰っていたのだが、それでは宮女達が可哀そうだから泊めてくれ……と言い出したのは彼だった。
「瑛庚とも一緒に寝ているのか?!」
どうやら私の言葉は微妙に彼の耳に届いていないらしい。
「長椅子で寝てもらえっていうんですか?」
「大変だ!今すぐ寝台をもう一つ用意させねば――。いや、待てよ。それでは私もその寝台に寝なければいけないということか――。あぁ……どうしたらいいのだ」
「今すぐ帰ったらいいんだと思いますよ」
私は再び作業を開始しながら一人狼狽している耀世様に、そう短く言い放った。
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