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皇帝の務め

 心の中で拍子を数えながら、私は機織りを楽しんでいた。ここ数ヶ月、事件やら事故などで忙しい日々が続き、心穏やかに糸の音だけを聞き作業をするのは何日ぶりだろう。やっぱり機織りは好きだ……。


 と思っていたのもつかの間、妙に外が騒がしいような気がする。部屋の外を行き交う人々の足音も恐怖と焦り、不安などが伝わってくる。普段ならば窓の外から聞こえてくる宮女らのおしゃべりも聞こえてこない。


「何かあったの?」


 私が林杏リンシンにそう尋ねると、彼女は口の中でなにやらモゴモゴと言葉を濁す。


「何かあったのね。大丈夫よ。今日は、どうしてもこの帯を仕上げてしまわなければいけないから、首は突っ込まないわ」


「実は……紅花様と、そのご一族の処刑が行われております……」


 林杏の言葉に思わず耳を疑う。


「い、一族?」


「紅花様に偽装妊娠を勧めた宮女は同じ一族の出でいらっしゃって……。紅花様、宮女、その妹、それぞれの配偶者、子供、親兄弟、祖父母までたどるとほぼ一族総勢が処罰の対象になるとのことらしく――」


 私は思わず機織り機の前から立ち上がる。宮女の妹も処罰されるならば、昨夜薇瑜ビユが助けると言われた赤子の命も奪われることになる。


「知っていて教えなかったの?!」


 これだけ詳しく内情を知っているのだ。おそらく朝の時点でその事実を知っていたに違いない。


「もし蓮香様がお知りになられたら――、絶対止めに行かれましたよね?! それがどんな結果を招くか……」


 確かに朝の時点で知っていたならば、その刑が執行される前に何かしら手立てはないか画策しただろう。ただ数十人の処刑だ。おそらくまだ何かできるだろう。


「林杏、陛下の部屋へ連れて行ってちょうだい」


「だ、ダメですよ。そもそも陛下は夜にならないと部屋にはお戻りになられませんし――」


「いいから!」


 私が林杏を引きずるようにして、連れ出そうとした瞬間、ドンッと大きな身体に当たった。耀世ヨウセイ様の香がフワリと漂ってくる。


「林杏殿、宮女の皆さまも……少し外していただけないだろうか」


 その口調から彼が宦官の姿で現れたことが分かった。


「だ、大丈夫ですか?」


 いぶかし気な林杏の言葉に耀世様は小さく頷き


「私から刑について、お話しするから」


と言った。私はそのまま手を引かれて、長椅子にゆっくりと座るよう誘導される。宮女らがいなくなったのを確認すると、ゆっくりと耀世様は口を開いた。


「まず――、今回の刑について、そなたに話していなかったことを詫びよう。縁座ということで紅花の一族を処刑することに決まった」


「そ……それでは、あの赤子は……」


「赤子もだ」


 思わず立ち上がろうとした私を耀世様は驚くほどの強さで引き留めた。


「確かに残酷なことだが、国のためだ。分かってくれ」


「分かりますが……、分かりますが、まだあのように幼い子まで――」


 そう言いながら自分の中で悲しみがこみあげてくるのを感じた。


「千年も平和な治世が続いている今、私達に課せられていることは『血筋』と『現在の政治体制』を残すことだ」


 確かに小さな小競り合いなどが国境で勃発することはあっても、国の主権を争う戦いはこの千年起きていない。


「私だって、小さな子供を手にかけるなんてやりたいとは思っていない。だけど……だけどしなければいけないんだ」


 そう言って握りしめられた手からは微かな悲しみが伝わってくるのが分かった。


「後宮でのことだってそうだ。好きでもない女を政治のためとはいえ抱くとはどんなことか、そなたに分かるか?吐き気がしたよ」


 手に込められた力がさらに強くなる。おそらく彼が後宮での夜のことを思い出しているのだろう。


「私は誰も抱くことなんてできなかったんだ。そしたら瑛庚エイコウが代わりを務めてくれた。『俺は大丈夫だから』って――。だから政治的なことは私が手を汚さなければいけない」


 そう語る彼の頬に涙が伝っている音が微かに聞こえてきた。


「それで蓮香が私を冷酷な人間だと軽蔑してくれても仕方ない。ただ……瑛庚は違う――。瑛庚は何も知らないし、最後まで温情をかけるように訴えていた。その反対を押し切って今回の処分を下したのは私なんだ」


「別れを言いに来られたんですか?」


 私は強く握られた手を私は静かに握り返す。先ほど指先から伝わってきた悲しみの意味がようやく理解できた。この人は瑛庚様に私を託し、二度と後宮に来ないつもりなのだ。


「すごいな……。そなたは何でも分かるのだな」


 耀世様は感心したように喉の奥で短く笑う。


「元々、ほとんど後宮には足を踏み入れていなかったんだ。ただ、あの晩、瑛庚と入れ替わって、そなたに恋をした……」


 私は無理やり笑顔を作り、握られた手の片方を振りほどきその袖で耀世様の頬に伝う涙を拭きとった。


「本当に二人でお一人の皇帝でいらっしゃったんですね」


「蓮香――」


「頭では分かっているんです。あの赤子を生かすことができないことぐらい――。でもその処罰を下されることで苦しまれる陛下を見ることが辛いんです」


 私は耀世様の胸へ自分の顔を埋める。今回のような処罰や騒動は後宮では、頻繁にあったことだ。これまで自分に火の粉が降りかかるのを恐れて、あえて関わってこなかった。それを変えたのは彼らだ。


「耀世様の辛さを私にも分けていただけませんか?」


 私の言葉を合図にするように、耀世様はおずおずと私の背中へ腕を回してくれた。その手の平のぬくもりを感じながら、想像をはるかに超えた大きなものを二人の皇帝が背負っているという事実に気付かされた。


【御礼】

多数のブックマーク、評価ありがとうございます。


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