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盲目の織姫は後宮で皇帝との恋を紡ぐ  作者: 小早川真寛
第1部

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28/99

そして誰もいなくなった《皇后編》

「筆」


 皇后・薇瑜ビユは自室にたどり着くと抱えていた赤子を近くにいた宮女に押し付け、短くそう言い放つ。机の上に筆と紙と硯が用意されると薇瑜は


「宦官の燿世ヨウセイ瑛庚エイコウを呼んでまいれ」


と文章をしたためながら、宮女に短く命じる。あと数十分はかかるだろう……そんなことを思いながら薇瑜は筆を進めた。

 ちょうど手紙が書き終わった頃、部屋には宦官の姿をした燿世が現れた。


「これを紅花ホンファの一族へ出して欲しい」


「今回の事件についてでございますか?」


「いや、姫が生まれた祝いに一族全員を招待したいと書いてある。これが届くまでは事件のことは伏せておくれ」


「子は死んだことにするのでは――」


 燿世の疑問に薇瑜は形のよい笑顔で応える。


「紅花が殺した宮女は、紅花と同じ一族の出なのじゃ。縁座として一族もろとも死刑にしてやろうと思ってな」


「そんなことをしましたら戦争になります」


 小さな村とはいえ、さすがに黙って全員が殺されるわけはない――と耀世は主張する。


「そうじゃのぉ。あの部族は我が国だけでなく隣国へも武器を輸出しておるからの――。我が国から兵が向かえば、隣国へ助けを求めるであろうな。下手をすると隣国との大規模な戦に発展しかねない」


「そこまでして見せしめにする必要など――」


「だから呼ぶのじゃよ。祝ってやるからと招待すれば、少なくとも幹部の人間は集まってくる。そこで死刑にすれば戦にならずに、あの土地が我が国の物になる」


 机の上に置いてあった煙管を薇瑜が持ち上げると宮女がすかさず火を用意し、薇瑜はゆっくりとそれを吸って着火させた。


「妾は、ずっと狙っておったのじゃ。貴重な鉱石が採れるあの土地を。だから猿みたいな蛮族の娘を後宮に迎え入れ、井戸の秘密まで教えてやった。さすが猿じゃ。まんまと罠にひっかかりよって――」


 煙を吐き出しながら楽しそうにそう語る薇瑜に、耀世は気味が悪いものでも見るかのような視線を仮面の奥から向けていた。


「妊娠しないように妾が薬を盛ったことも知らず、偽装妊娠を企てよった。後宮の――いや少なくとも妾の目をごまかせるとでも思ったのかのぉ」


「しかし、この子供は……親が殺されてどうやって生きていけましょう」


「死んだ宮女の妹には『乳母にしてやる』とも書いたので、宮女の妹夫婦らも来るであろう。この赤子は夫婦に返すが、宮女の縁座ということで皆殺せばいい」


「だから――陛下の前では『戻す』と仰ったんですか――」


 薇瑜は大きく煙を吐きながら嫌なものを思い出したような表情を浮かべる。


「陛下は甘すぎる。宮女ごときの世迷言に耳を傾けよって。一度、後宮で『皇女』と認めた人間がどのような価値を持つか分かっておるであろうに。なぁ――耀世様――いや陛下?」


 蛇が絡みつくようなジットリとした視線を受け、耀世は肌の奥から恐怖が沸き起こってくるのを感じた。


「そのような仮面を付けて……宦官のフリをしてまで、あの宮女と一緒にいとうございましたか?」


「そ、そなた知っておったのか?」


「瑛庚、燿世どちらも、陛下が後宮から身を隠していらっしゃった時に使われていたお名前ですね。直ぐに調べがつきました。さらに宦官の中で一番、陛下への伝達速度が速いのも瑛庚か燿世ですからね。気付かない方がおかしいというものですわ」


 そう言って薇瑜は煙管を勢いよく灰皿にたたきつけて灰を落とす。


「確かに蓮香レンカはいい娘ですよ。美人なだけではなく賢い、芯があり度胸もある。だが……、後宮で生きていくには優しすぎる」


 薇瑜は遠くを見ながら残念そうにそう言った。


「陛下があの者を皇后へ育て上げてくださるならば、何時でもこの座はお譲りしてもよいと思っております」


「ま、誠なのか?」


 食い入り気味にそう言った耀世を見て、薇瑜は額に手をやり大きく笑う。


「本気でございますのね」


「本気だ。できることならば、あの者だけを愛したいと思っている」


 その耀世の真剣な眼差しに面食らった様子の薇瑜だが、少しすると気を取り直して再び形の良い笑顔を浮かべる。


「今のままでは、蓮香は壊れてしまいますよ?ここは楽園ではございません。女の欲が渦巻き、魑魅魍魎と化した人間が住まう場所でございます。その主である皇后が……果たして彼女に務まるでしょうか」


「蓮香は誰よりも聡明だ。時間があれば皇后にだってなれるに違いない」


 むきになって反論する耀世を薇瑜は鼻で笑う。


「さようでございますね。確かにあの者ならば成し遂げるやもしれませぬ。ただ……その主となった蓮香をあなたは愛し続けられるのか――。妾は楽しみでございますわ」


 初めて皇后の別の顔を見せられ、耀世は自分の額に脂汗がジンワリとにじみ出るのを感じた。


【御礼】

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