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そして誰もいなくなった《其の四》

「今回の事件は犯人はおりません。事故でございます」


 林杏リンシンに頼み、瑛庚様を井戸まで連れてきてもらった瑛庚エイコウ様にそう伝えると、彼は


「そうか――」


と安堵のため息を漏らす。その声に私は罪悪感で胸が締め付けられるのを感じた。


「ただ仕組まれた事故という点では間接的な『殺人』という側面もあります」


「仕組まれた?」


「井戸の側面に小さな新しいキズがございます。ちょうど手の平三つ分……酒壺ぐらいの大きさでございます。おそらく、宮女が転落した時、井戸の側面に酒壺が置かれていたのだと思います」


 多くの人は何時も存在しない場所に何かがあるとその存在に気付くが、もし酔っていて、あたりが暗く疲れていたらどうだろうか……。


「紅花様付きの宮女ということで、本日の宴会ではある程度飲酒されたのではないでしょうか」


「確かに紅花様がお部屋に戻られてから、酒壺を二個お部屋付きの宮女が持ち帰っていました」


 林杏リンシンの証言にその場にいた宮女らは渋々といった様子で頷く。十人もいない部屋付きの宮女らで酒壺を二個飲み干したらどうなるだろうか……。おそらく足元もおぼつかない状態だったに違いない。その状態で何時ものように井戸を使用したため、足元にあった壺に躓いてしまったのだろう。

 勿論、井戸のどこの側面を利用するかで、この細工は効果がなくなるが綱が垂れ下がっている場所から計算すると見当違いの場所に置かれることはないだろう。


「酔った挙句、我が子の祝宴をあの者は邪魔したということですね!!!!」


 林杏に連れられて部屋を出た瑛庚様をおいかけてきたのだろう。唸るような声で紅花様はそう叫んだ。


「その宮女に水を汲みに行くように指示されたのは紅花様ではございませんか?」


「確かに……気分が悪いからと水を汲みに行くよう指示されました」


 私の質問に紅花様に代わり部屋付きの宮女の一人が思い出したようにそう言う。


「少ししたら……井戸の方から悲鳴が聞こえてきて……。私達は酔っていたので、虫か蛇が出たのだろう――って笑っていたら、紅花様が真っ先に井戸に向かって駆け付けられました」


 瑛庚様の前ということもあり『お優しい所があるんですよ!』と言わんばかりの口調だ。


「それに……紅花様が出ていかれて少しして、悲鳴が聞こえたので私達も駆け付けたんですけど、そんな酒壺なんてありませんでしたよ?」


「宴会場で林杏が何かが割れるような音を聞いています。おそらく手元にあった壺を足元にあった壺の上に落としてしまったのでしょう」


「持っていた壺を井戸の中で割ってしまったという可能性もあるのではないですか?」


 林杏の主張に私は首を横に振る。


「井戸に落ちて割れることはあると思うけど、その音は外にまで響くかしら?おそらく水音がするぐらいよ」


 かなり深い井戸であるため音は外に漏れにくいに違いない。


「もし宮女が持っていた壺が一個しか存在しなかったならば、おそらくこの細工を仕掛けた人物は壺を井戸の中に捨てなかったと思います。ですが割れた壺が二個分できてしまったため、細工用の壺も一緒に井戸の中に捨ててしまう必要があったんです」


「誰がそのようなことを……」


 瑛庚様の苦しそうな声を聴かないようにして私は紅花様の方を向いた。


「おそらく最初に駆け付けた紅花様が、割れた壺を井戸に落として隠蔽されたのではないでしょうか?」


 私がそう言うと、紅花様はすごい勢いで私につかみかかった。


「だから何?! 私は汗をかいたから水が欲しかったの。宮女に水を持ってくるように頼んで何が悪いの? 運悪く酒壺があって足が引っかかって落ちたのかもしれないけど、それは宮女が悪いんでしょ?!」


 掴みかかった紅花様からは、汗の香りが伝わってくる。焦りと怒りが混在した混沌とした感情がそこから伝わってきた。


「確かに割れていた壺を井戸の中に捨てたわ。でも何が悪いの? 宮女風情が偉そうに誰に向かってものを言っているの!!」


 確かに人が一人死んでいる事故だが、あくまでも『不幸な事故』だ。


「確かに……宮女が一人二人死んだって大きな問題ではありませんね」


 凛とした声に紅花様は私から手を放し、慌てて地面に膝をつく。声の主は皇后・薇瑜ビユ様だった。

【御礼】

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