甘い毒薬《其の四》
「そんな――!! そんなこと……なぜ……言ってくれなんだ……」
地面に突っ伏すようにして泣き叫ぶ徳妃様の背中をさすりながら私は小さくため息をつく。
「仰らなかったのは徳妃様も一緒ではございませんか――」
「妾は……」
「どういうことだ?」
瑛庚様はいぶかし気な様子でそう尋ねる。
「后妃様が就任される際、正二品の方々までに帯を贈られますが、帯の裏には陛下からのお言葉も一緒に織りこむのが通例となっております」
「あぁ、私は全員に『よき后妃であるように』と贈っている」
「左様でございます。しかし、一般的にはそれぞれの后妃様へ向けた愛や恋の詩を贈ることが多いといわれております」
一律『よき后妃であるように』という言葉が贈られると知った時、作業が簡単だと思う一方、その后妃様方に思わず同情したのを覚えている。ただ表からは見えないだけでなく、その内容が誰からも伝えられていないのが唯一の救いだが……。
「徳妃様は蓉華様に……恋の詩を贈られていました」
「そうじゃ……。後宮に入って一番心細かった時に支えてくれたのが蓉華だった……。毎日一緒に、どうやったら陛下の目を引くことができるか画策して……妊娠した時は誰よりも喜んでくれた……」
既に錯乱状態になっているのだろう。それが陛下の前ということを忘れて、徳妃様はポツポツと過去のことを話し始めた。
「だから……蓉華には一番に幸せになって欲しかった……。だが私の一存では後宮の外には出してやれぬ……いや……離れたくなかったのが一番かもしれぬ。だから考えたのじゃ……後宮の中で一番幸せになれる方法……それは后妃になることだと……」
「愛していらっしゃったのでございますのね?」
「あぁ……そうだ……陛下の子供を宿しているが……誰よりもあの者を愛していた……」
しかし残念ながら、この想いは蓉華様には伝わっていなかったのだ……。
おそらく蓉華様も徳妃様を愛していたのだろう。だからこそ徳妃様が犯人となるよう仕組み自殺することで彼女の心に残ろうとしたに違いない。
「愛していたのに……」
そう言いながら徳妃様は再び石床に突っ伏すように……まるで蓉華様のご遺体に縋りつくかのように泣き始められた。
「最初から私は蚊帳の外だったとはね」
私の部屋で大きくため息をつく瑛庚様に、お茶を差し出す。今回はちびちびと舐めるようにして、それを飲みながら瑛庚様は大きくため息をついた。少し残念そうな様子だったが、当初この部屋を訪れた時と比べると気持ちが晴れやかになっているのが伝わる。
「私が制作した帯がどのように使われるかが分かっていれば、中に書かれている言葉をお伝えすることもできたのですが……」
それができていれば今回のような事件は起きていなかったに違いない。だが、それが蓉華様に贈られていることも今回の事件が起こって初めて知ったぐらいだ。
「でも……陛下、『よき后妃であるように』と一律で贈られるのは、いかがなものでしょうか」
私は姿勢を正して瑛庚様にそう進言する。いつか機会があれば言ってやろうと思っていたのだ。
「実は、私も贈った後に一律で書かれていることを知ったんだ」
「それでは燿世様がご手配を?」
「そうそう。あいつ、真面目な所があるからな……。『相手が誰か分からないのに愛の詩なんて贈ることなんてできない』とか言い出してね」
「詩を贈られそうにないですもんね……。詩といえば先日の宮餅、ありがとうございました。素敵な詩まで……」
改めて贈った相手を前にして、礼を伝えると耳まで赤くなるのを感じる。
「宮餅?中秋の名月は明後日だから、一緒に月を見ながら食べようと用意はしているけど……まだ贈ってないよ?」
「そ、それではあれは……燿世様が?」
確かにあの日、宮餅に仕込まれた詩の解釈をしてくれたのは燿世様だった。
「え?何、蓮香を赤くさせられる程の詩をあいつが贈ったの?え?どんなの?見せて?」
「も、もう捨てました」
とんだ墓穴を掘ったことを知り私は慌てて顔を背けながら、懐にしまっていたあの日贈られた手紙を落とすまいと胸元を抑えるので精いっぱいだった。
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