甘い毒薬《其の弐》
「それでは、まず事件を整理させてください。なぜ徳妃様が犯人ということになったのでしょうか?」
私は徳妃様の部屋に向かう前に事件のあらましを瑛庚様から伺うことにした。
「手がかりはいくつもあったけど、一番の決め手は毒物が仕込まれていた菓子が徳妃から贈られたものだったんだ」
「この時期ですと宮餅でしょうか?」
「そう。その中に含まれていたらしく、半分食べた状態で絶命していた」
餡の中に何かしらの物を仕込むことが目的とされている宮餅。おそらく毒物を仕込むこともさほど難しい問題ではないだろう。そして毒物の半量が残りの宮餅から発見されたため毒殺と断定されたに違いない。
「次に注目されたのが、蓉華の遺書だった」
「遺書?毒物を飲まされたのにですか?」
通常自殺するならいざ知らず、苦しみにもがきながら遺書などしたためられるだろうか。
「そうだ。だから最初は自殺ではないか……という声もあったんだけど、その遺書は徳妃が使っている特殊な香りのする墨を使っていたから、徳妃がしたためたということになったんだ」
「その遺書を拝見することはできますでしょうか?」
「あぁ……衝撃的な内容だったから……」
そう言って渡された手紙からは微かに……本当に微かだが甘い香りが漂ってくる。
「蓉華付きの宮女から渡された遺書には『この世では想いを届けることができないようです。死後の世界でならあなたへこの想いが届くでしょうか』とあった」
「陛下への恨み言が書かれた遺書という体で作成されておりますね」
「最初、とんでもないことをした……って落ち込んだんだけど、徳妃が書いたって分かって、彼女にこんなことをさせたのは私の浅慮からだ……って思ったらさらに落ち込んだよ」
事件の概要を把握し私は小さくため息をついた。
「徳妃様にお会いする前に一度、蓉華様のお部屋に伺わせていただくことは可能でしょうか?」
「勿論だ。しかし既に遺体はないが……」
「一つ確かめたいことがございます」
今回の騒動、私ならばもっと早くに気付くことができ、そして悲しい事件も起こらなかったのではないか……と思うと少し胸が痛くなった。
「まず探していただきたい物がございます。徳妃様から贈られた帯はございませんでしょうか?」
私の質問に蓉華様付きの宮女らが慌てた様子で探し始める。
「帯……?」
私の質問に瑛庚様は首を傾げる。確かに私が織っているものの多くは皇帝陛下や皇后様などからのご依頼品だ。徳妃様から贈られるものを私が織っていることを疑問に思われるのは当然だろう。
「実は一年前、徳妃様から帯のご依頼がございました」
「徳妃が?」
「はい。内密に作ってほしいとご依頼されておりました」
「そなたは公的な依頼しか受けていないのでは……」
「実は一年前、林杏が徳妃様の着物を汚すという事件を起こしました。そのお詫びに帯を作成させていただいたのです」
廊下ですれ違った際、林杏の持っていたお茶が徳妃様の着物にかかってしまったのだという。林杏と共に謝罪に行くと、笑顔で「それならば帯を一本作っていただけないかしら」と依頼されたのだ。
「もしかして……これでございますか?」
宮女が持ってきた帯を触らせてもらい、私はやはり……と確信に至った。鶴が二羽仲睦まじく寄り添う絵柄……一年前、仕事をやりくりしながら作り上げた帯だ。そして全く使われていない状態ということも指先から伝わってくる。
「これが、事件と関係あるのか?」
「おそらく、これが全ての事件の発端ではないかと私は思っております」
徳妃様からのご依頼は簡単だった。
「従一品の后妃になる時に贈られるような帯を作って頂戴」
可愛らしい声で、なかなかの要求をするものだ……と絶句した記憶がある。
「それでは……徳妃様の元に向かいましょう」
徳妃様が幽閉されている部屋に向かう足取りは、ここに向かう時よりも重くなっていたが、これ以上、誰も悲しませないためには私には選択肢はあまり用意されていなかった。
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