宮餅の恋文
七夕なので織姫っぽい話を書きたかったのですが、全く思いつかず…月餅が登場することになりました。
「陛下から宮餅の贈り物でございます!」
林杏は部屋に入るなり高々とその包みを持ち上げ、そう言った。
「すごい!」
「陛下から個人的にお贈り物を頂けるなんて」
私と作業をしていた助手の宮女らは口々に感動の声を上げるが私は、思わずゲンナリとした表情を浮かべてしまう。
「お願いだから大きな声で言わないでって言ったでしょ」
後宮では些細なことがやっかみの対象となる。それが宮女対宮女の場合、公平に裁かれるかもしれないが、地位の高い后妃様が相手となると逆に私の地位が脅かされることも多々ある。
「いいんですよ! 蓮香様が陛下の寵愛を受けていることを知らない人間なんて後宮にはいませんよ」
初回のお渡り以降は、その事実を公にしているつもりはなかったが、陛下の動きを後宮にいる人間が把握していないわけはない。現に皇后様も釘を刺してきた程だ。
「しかも!私達の分まであるんですよ~~」
林杏が机の上にそれを置くと、宮女らはキャーーと歓喜の声を上げる。
宮餅は中秋の名月を見ながら家族や恋人などと一緒に食べる物として知られている。小麦粉で作られた皮で餡が包まれており、その中にさらに栗などが入っていることもある、
ただ貴重な食材ばかり使われるということもあり、主に貴族が中心となって食べる菓子として有名だ。平民出の私からすると、その存在は知っていても食べる機会というのは滅多になかった。
「蓮香様にはこれを――と陛下から賜っております」
林杏は機織り機から引きずり下ろすようにして私を長椅子の上に座らせると、宮餅を手の平の上にのせた。少し離れた場所からはお茶の香りも漂ってきており、どうやら勝手に休憩時間を始めるつもりらしい。
「そうね……。そろそろ休憩時間にしようと思っていたからちょうどいいわね。みんなも頂きましょう」
私は小さくため息をつきながら、手元の宮餅を半分に割る。正直に明かそう。この食べ物が何よりも好物なのだ。年によって練りこまれている物が異なるのも魅力的だ。去年は栗だったが、その前は杏子だった。
後宮に来て不便なことも多いが、年に一回配られる宮餅を食べると『後宮に来てよかった』と思わされる。しかし今年は栗の代わりに小さな紙きれが練りこまれていた。
「手紙……?」
私は宮餅を一端、机の上に置いて中からその紙切れを取り出す。
「あ。お読みしましょうか?」
わざとらしく近づいてきた林杏はどうやらその存在を知っていたらしい。だから最初に宮餅を私に手渡したのか……と思わず感心する。
宮餅は家族や恋人と一緒に食べるだけでなく、贈り物として贈りあう風習もある。そして恋人などに宮餅を贈る場合、このようにして恋文などを忍ばせることが多いのだ。おそらく陛下は后妃ら全員に宮餅を配っており、そのうちの一つが私の手元に渡ってきたに違いない。もしかしたら林杏が無理を言って貰ってきたのかもしれない。
「一枝濃艶蓮凝香
借問後宮誰得似
秋風不為吹愁去
蓮香偏能惹怨長」
もう少しはっきりとした恋文が出てくると思ったのだろう林杏は、不思議そうに首をかしげる。あえてこれの意味を自分で解読するのが恥ずかしく、私も「難しいわね――」と林杏に同調していると、入口から
「一枝の濃艶蓮の香を凝らす。借問す後宮誰か似るを得ん。秋風ために愁吹き去らず。蓮香ひとえによく怨みをひいて長し」
と透き通るような燿世様の声が聞こえてきた。
「貴女は一枝の蓮の花の芳香を凝縮して、散らせないようにしているようだ。美人ぞろいの後宮であっても誰がその美しさで貴女に勝てようか。秋風が吹く季節だが、私の心に愁いを吹き飛ばしてくれない。むしろ蓮の花の香を届けるため、私の胸に苦悩を思い起こさせるのだ」
その解釈に林杏は「キャ――」と黄色い悲鳴を上げる。
「帯には詩を織り込むと聞いていたので、蓮香ならば容易に理解できると思っていたが……。私の想いの伝え方がまだまだだったようだな」
燿世様に何か反論したかったが、あえて声に出されて読まれたのが恥ずかしく彼にその様子を見られないように顔を背けるので精一杯だった。
学生時代、漢文は得意科目だったはずなんですが、いざ漢詩を作るとなると難しいですね。
漢詩ルールとか全く無視の李白の詩をもじったものになっています。こうした方がいいよ!などのアドバイスありましたらご教授いただけると嬉しいです。
【御礼】
多数のブックマーク、評価ありがとうございます。





