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盲目の織姫は後宮で皇帝との恋を紡ぐ  作者: 小早川真寛
第1部

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見えない呪符《後編》

「呪符はその呪いをかける相手に一番近い場所に置くのが一般的です。寝台の下や床下、衣類の中、帯の裏側に縫い付けたという例もございます」


 特に妊娠中の薇瑜ビユを呪うならば、標的になりやすいのは腹部に一番近い帯だろう。


「ですが、皇后様に呪術がかかっていると判明すれば、徹底的に周辺を捜索されることは後宮の住人ならば誰でも知っています。そのため常に薇瑜様に付き添っている宮女の帯に呪符を隠したのでしょう」


 衛兵に取り押さえられた宮女の帯を祈祷師が調べたところ、一枚の呪符が出て来た。


「しかし、そなた良く分かったな」


「まず部屋を移動されている時点で、部屋には呪符がないことは分かっておりました」


「ならば何故、『この部屋で呪符を探す』などと言い出したのだ」


「簡単でございます。薇瑜様のためでございます」


 燿世ヨウセイ様は驚いた様子で「薇瑜の?」と聞き返した。


「この後宮で昼夜問わず付き添ってきてくれた宮女の中に犯人がいたとお分かりになられたならば、どれだけ心を痛められることか……」


 林杏リンシンは、皇后様付きの宮女らのような忠誠心は皆無だが、それでも彼女に呪術をかけられていたら……と思うと「辛い」よりも「衝撃」が大きい。そして代わりの宮女が来たとしても、親しい関係だった宮女に裏切られたことで疑心暗鬼になってしまうだろう。


「ですので呪符はこの部屋から見つかったことにしてくださいませ」


「相分かった。そうしよう……それで薇瑜の容態はどうだ?」


 祈祷師によって呪符が処分され既に三十分程度時間が過ぎている。


「先ほどまで薇瑜様のお体は焼けるように熱かったのですが、嘘のように熱が引いております!」


 一度薇瑜様の部屋へ戻った宮女は半泣きになりながら、そう報告する。その言葉を聞き燿世様は


「あぁ……よかった……」


と心底安堵したように息をはいた。そんな燿世様の声に何故か胸が締め付けられるような気がした。





「妾は又、そなたに助けられたわけか」


 それから数日後、私は薇瑜様の部屋に呼び出されていた。


「助けるなど……。隠されていた呪符をお探ししただけでございます。全ては陛下のご指示によるものです」


 あくまでも手柄は陛下である方が薇瑜様も気分がよかろうと気を回す。後宮で壮大的な権力をもつ皇后。絶対敵に回してはいけない人物の筆頭だ。


「して犯人は……宮女のうちの一人だったようじゃのう」


「何故それを……」


 それまで伏せていた顔を私は慌てて上げる。


「私もでくの坊ではない。体調がよくなって戻ってみれば、一人宮女が入れ替わっている。聞けば体調を崩し他の部屋へ移ったという。もう犯人と言わんばかりではないか」


 呪符を隠し持っていた宮女をそのまま皇后様付きにしておくことはできず、直ぐに処罰されたが、それを取り繕うことまでに気は回らなかったのだろう。


「何、心配してくれるな。最初から宮女など誰一人として信頼などしておらん。そもそも腹の子が皇子であるという事実を知っていたのも部屋付きの宮女だけじゃ。呪符を用意したのも、その者のうちの一人だということは分かっておった。まぁ、本人が隠し持っているとは思わなんだがな」


 そんな薇瑜様の言動に、この部屋にいる宮女は誰一人として驚いた様子は見せておらず、彼女達にとってはこれが日常なのだということが伝わってきた。


「皇后はのぉ、酷く華やかな存在だが、それはそれは孤独な存在でもある。子を産めど手元に置いておくことは叶わず、常に妬まれ、若い宮女らの存在が陛下の心を惑わすのではないかと恐れ―――」


 そこで言葉は途切れ、彼女の視線が自分へ痛い程向けられているのが伝ってきた。


「だから今日は、そなたに私の友人になって貰えないか聞きたかったのじゃ」


「友人など……」


 薇瑜様は我が国に経済的にも軍事的にも影響力を持つ隣国の姫だ。後宮で機織り宮女を務めていなければ商人の娘である林杏とすら言葉を交わすような地位にいなかった私に、『友人』という言葉はお門違い過ぎだ。


「友人になってくれぬのか?」


 まるで蛇が絡みつくようなネットリとした言葉に思わず身震いをしながら、断るという選択肢が私に用意されていないことに気付く。


「あ、ありがたきお言葉にございます。何かございましたら、いつでもお呼びくださいませ」


 それは『友人』同士が交わすような言葉ではなかったが、薇瑜様は満足したように「うむ」と同意する。


「陛下にも蓮香と親しくなったと、お伝えしますわね」


 次の瞬間、薇瑜様が発した声は、まるで十代のあどけない少女のような声だった。その代わり身の速さに私の本能的な何かが恐怖を呼び起こしていた。『一刻も早くここを立ち去りたい』という衝動と共に薇瑜様の言葉が、まるで見えない呪符のように私の身体にへばりつくのを感じた。


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