呪いの青い鳥≪後編≫
「従二品の后妃様方が病に倒れましたのは、蛇使いの蛇が原因でございます」
私はずた袋を衛兵に引き渡しそう宣言した。
「蛇使いが使う蛇は基本的に捕獲した時点で毒牙は抜くといわれています。ただそれでは緊張感がありませんので、演目の冒頭で毒牙がある蛇を用意し、いかに獰猛な生き物であるかを披露していたと思います」
「確かに先日の演目でも小動物を捕獲し食べる様子を披露していたな」
小さな蛇を襲わせる様子が披露され、観客である后妃らからはあちこちから悲鳴が上がっていたが、それをきっかけに演目に集中する観客が増えたのも事実だった。
「その毒牙がある蛇が一匹、後宮へ紛れ込んだのでしょう。蛇使いらは蛇を逃がしたという事実を言い出せず、かといって後宮へ探しに来ることもできずに手をこまねいていたはずです」
後宮へは許可された人間しか入ることはできない。変装して潜り込む人物が全くいないわけではないが、西国の人間ということで直ぐにバレてしまうに違いない。
「それが何故、后妃らを襲ったのだ」
「簡単なことでございます。鳥の声につられたのでございます」
蛇はトカゲや小さな蛇を食べる習性がある。さらに小鳥やネズミを食べることもあるといわれている。
「后妃様方は陛下から異国の鳥を賜ったことを後宮中に知らしめたかったのでしょう。現在は瑞英様だけが窓を開けていらっしゃいますが、当初は皆様、窓を開け、窓辺に鳥かごを置いていらっしゃったはずです」
「そうなのか?」
瑛庚様に尋ねられ、蝶凌様付きの宮女が力なく頷く。
「皆様競い合うように鳥を鳴かせていらっしゃいました。一番元気な鳥を与えられた后妃様の所へ陛下がお渡りになられる……というような噂も流れまして」
「なんと浅はかな……」
ため息をつくように瑛庚様はこめかみに手を添えた。
「おそらく后妃様や宮女の皆様は、陛下から賜った異国の鳥を蛇から守ろうとして、噛まれてしまったに違いありません」
勝手に放してしまうことも問題だろうが、蛇に襲われて死んだ……となると大問題になりかねない。彼女達は必死に蛇から鳥を守ろうとしたのだろう。
「なるほど――。それで后妃だけでなく宮女も倒れたわけか。しかし何故医師は気付かなかったのだ?」
「蛇の毒はひと噛みで象をも殺すというほど猛毒ですが、その牙は非常に小さく噛まれても痕が残りにくいとされています。さらに蛇は窓辺にいたことから、直ぐに逃げてしまったのでしょう。そのため蛇の目撃者もなく『鳥による呪い』という噂が流れたのだと思います」
「それで西国の使者を留めるよう、指示があったわけだな」
「はい。おそらく蛇使いの者たちが解毒剤を持っているはずでございます。事をうやむやにして国を離れられる前に、解毒剤だけでも分けて貰えれば……と思いました」
「分かった、そのように伝えよう」
瑛庚様はそう言うと、近くにいた宦官に何やら指示を出していた。これで少なくとも二人の后妃様を救うことができるに違いない。私は小さく安堵する。
「しかし何故、瑞英が最後に襲われることになったのだ?蛇は後宮に紛れ込んでいたのだろう?」
「蛇は変温動物でございます。温かい場所で日光浴を行わないと活発に動くことができません。そのため最初は南におり、徐々に北上していったのでしょう」
最初に襲われたのは南の部屋に位置する后妃様だった。そこから縁の下を移動して瑞英様の部屋まで移動してきたに違いない。部屋と部屋の間にある中庭で日光浴をし、午後に差し掛かる前に后妃様方を襲っていたのだろう。
既に肌寒くなっている季節ということもあり蛇は一日に数時間しか動くことができなかったため、一日に大量の犠牲者が発生しなかったのは不幸中の幸いといえるかもしれない。
「今回もお手柄であったな。褒美は……何が欲しい?今回も私の『渡り』を所望してくれるか?」
瑛庚様の声は何やら嬉しそうだが、私は首を振ってその言葉を否定する。
「陛下は私めではなく、どうぞお体を崩されている后妃様の側にお付き添いくださいませ。その代わりといってはなんですが……先ほどの蛇をいただけないでしょうか」
「そなたが勢いよく頭をたたき割ったから死んでいると思うが。それでもいいならば蛇使いらに見せた後はそなたに贈ることは可能だが……どうするのだ?」
「酒に漬けてみたいと思います」
以前からやってみたいと思っていたのだが、なかなか西国の蛇を手に入れることはできず実現しなかったのだ。
「嫌です!!!! 絶対嫌です!!!! 異国の鳥よりもよっぽど気持ち悪いじゃないですか!!!!」
周囲にいた宮女らの心を代弁するかのように林杏が悲鳴に似た叫び声を上げた。
コブラをモデルにしていますが、コブラではなく架空の蛇が犯人です。
コブラ酒は存在します。漬け方が甘かったり酒の度数が低いとコブラは死なず、飛び出してきて人を襲った……という事例もあるようです。凄い生命力ですね。
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