前編
いつもの時間に目が覚めた私は、もうその必要はないことを思い出した。
平日の朝、このまま寝ていたいと思ったことは数えきれないほどあった。それを思う存分できるようになった今、それが必ずしも幸せなことではないことを、目覚めるたびに実感していた。
結局、私は起床して、出かける準備をした。だが、どこへ。
服を着替えながら、朝のニュースを見た。お気に入りの映画の続編が撮影中というニュースに心が浮き立つ。しかし公開は半年後だというアナウンサーの最後の言葉が、再び私の心を深い憂鬱へと沈めてしまった。
私はテレビを消して駅へ向かった。いざ着いたものの、かつて利用していたJRの改札へはどうしても足が向かず、駅を出ることにした。このまま家に帰っても仕方がないので、どこかで朝食をとろうと、私は開いている店を探して歩き始めた。高架に沿ってしばらく歩くとイートインコーナーを併設しているパン屋があった。私はサンドイッチとコーヒーを注文して、窓に面したカウンター席に座った。車道の向こうに私鉄の改札が見える。かつてここから高校へ通っていたのだ。飲みかけの紙コップを持って、私は店を出た。そして、私鉄のホームへ向かった。
JRほどではないが、車内は混んでいた。会社員やOLの中に懐かしい母校の制服を見つけた。男子生徒にはかつての親友たちの面影を、女子生徒にはほのかな憧れを感じた。電車はやがて学校への最寄り駅に着き、私は改札を出た。十軒足らずの短い駅前商店街はほとんど店が新しくなっており、見覚えがあるのは入ったことのない寝具店と、部活で怪我をしてしばらく通った外科医院だけだった。
商店街を過ぎると、路地が入り組み見通しが悪くなる。そのため、初めて学校を訪れる人は遠回りをして国道を利用する。この界隈は空襲で焼け残ったため、戦後に区画整理されることなく、以前の街並みが残ったのだという。私はずっと前の記憶を思い出しながら、懐かしい道を歩いた。最後の角を曲がって、あとは学校まで道なりに行けばいい。そのはずだった。
道は一軒の家の前で途切れていた。新しく建ったのだろうか。それにしては、道を塞いで建てるのはおかしい。どこかで曲がる角を間違えたのだろう。私が引き返そうとすると、その家の入口が開いて、若い女が出てきた。彼女は私に気がつくと、少し頭を下げた。私はあわてて、会釈を返す。
「あの、もしかして裏の高校に御用ですか」
彼女は聞いた。
「はい、でも、どこかで道を間違えたようです。すみません」
不審そうな様子を察して、私は詫びた。立ち去ろうとすると、女は少し微笑んで、
「それなら、うちのお庭を抜けるとすぐですから、よかったらどうぞ」
と、再び玄関の戸を開けた。
さすがに厚かましいのでは、と私は躊躇った。そもそも学校には何の用もないのだ。しかし、今更そんなことを言い出せず、私は誘われるまま家に入った。
脱いだ靴を手に、私は彼女の案内で廊下を進んだ。中の様子からも、やはり建てられてからかなり経過していることが分かった。困惑しながらも私は縁側から庭に降り、裏の木戸を開けた。そして振り返って、女に礼を言った。
「よかったら、お帰りの際もどうぞ」
そして彼女は笑った。
しばらく歩くと私の通った高校に着いた。私は校門からしばらく中を眺めて、そのまま立ち去った。それから近くの本屋へ寄ったり、喫茶店で時間をつぶしたりした。その間ずっと、あの袋小路の家の女の笑顔が頭から離れなかったのだった。