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DAY-2 署内の姫君

「だから、何度も言ってるだろ‼︎気が付いたら路地に倒れてたんだよ‼︎」


 大きな建物の一室で俺は思わず声を荒げていた。


「とは言ってもね、君。その服装は明らかにこの国のものじゃないし、パスポートも持ってないとなるとねえ」


 嫌な感じに語尾を伸ばし、お前怪しい者だろと前面に押し出してくるこの異国人は恐らく警察官。


 ことは三十分前に遡る。







「ここか」


 ナプキンに描かれた地図が指していたのは大通りを横切って運河沿いに十分ほど歩いたところにある大きな建物だった。


 とんがった屋根の塔が三本、左右と奥にそびえ立ち、中央にある立派な館を守護するかのようだ。


 立派な門の左右には守衛と思しき、紺色の制服に身を包み槍を構えた屈強な男が目を光らせている。


「警察署だよな、ここ」


 ここが国なのであれば警察がいるのも道理。


 そしてここが警察なのであれば、きっと何らかの助けを得ることができるだろう。


 言語が違うことだけが気掛かりだが。


 意を決して門の中に踏み込もうとすると、守衛の槍が道を塞いだ。


 恐らく何か警告の類だろうが、生憎なにを言ってるのかわからない。


 ナプキンを見せつつ、中に入りたいということを身振りで伝えるが、なかなか入れてくれない。


「なんなんだよ、警察なら困ってそうな異国人を助けろよな。‥‥なんか中が騒がしいな。犯罪者でも捕まえたのか?」


 門の中の前庭には黒塗りの車が何台も止まり、警察官と思しき紺色の制服も多数見える。


 どうやらこの騒ぎがあるから、守衛は俺を入れたくないらしい。


 とは言え、俺も俺で時間がない。


 お金も食料も持ってない上にパジャマという軽装備。


 このままでは近いうちに死んでしまう。


 せめて靴くらいは履きたい、いや、靴下でいいから履きたい。


 いくら暖かいとは言え春くらいの気候。


 レンガの道は身体を冷やす。


 なんとか中に侵入しなくてはならない。


 幸い、この騒ぎで目線は目の前の正門に釘付けだ。


 角の壁をよじ登れば中に入れるだろう。


「よし」






 そんな甘い見通しはあえなく潰え、中に入った瞬間に捕らえられたのであった。


 何やら分からないが罵声ということだけはわかる声で次々に尋問され、答えられないとわかるともの凄い力で連れまわされた。


 牢屋に入れば少なくとも食事は出るだろうが、逮捕というのは頂けない。


 猛烈な抵抗をして、奇跡的に逃げ出すと、手錠のはまった腕のまま、大きな建物の廊下を手当たり次第に走り回った。


「くそ、出口はどこだ」


 さっきの騒ぎは何処へやら、館内はシンとしていて俺を追いかけてくる警官の足音が遠く反響している。


「どこか部屋で制服でも頂戴するか」


 取り敢えず厳かな感じの扉があったのでそこを開けてみることにした。


「※▲●◇▽‼︎」


「×◇◼︎◇」


「%♯●※▲‼︎」


「×◇◼︎◇」


 入った瞬間に殴り飛ばされた俺は、抗議するように声を荒げる男と、それを繰り返し制しているような美しい女性を見上げた。


 頬が焼けるように熱い。


「※▲⌘Å∞?」


「あー、ごめんなさい、わからないんだ」


 伝わらないとわかっていても、どうやら助けてくれたらしい女性に謝罪する。


 すると、美しい空色の髪をした、近くで見ると思ったよりも幼いその女性は得心したような顔をすると胸の前で手を合わせてボソボソと何かを言い始めた。


「Thy shackles, the disciples of foreign countries, the goddess of the beautiful goddess who unravels his gap. Please fill this groove.」


「な‥」


 今のは間違いなく英語だ。


 現代英語より拙く、散文的だが、間違いなく言語体系は英語。


 しかし、それ以上に、英語を言い終わるやいなや、彼女の右手が発光し、その光が俺の身体を包んだことが驚きだ。


「驚かせてしまいましたね。頬は大丈夫ですか?」


 鈴の音のように可憐で、それだけで癒しを与えるような声だった。


「私はシャルミナ・ド・シャルドレアと申します。シャルルとお呼びください」


「あ、えっと……九条斗馬です」


「トーマ。変わったお名前ですね。貴方の言葉はここにいる誰も分かりませんでした。なので意思疎通の魔法をかけさせて頂きました」


「魔法‥」


「はい。少々特殊な魔法でして、守衛に悪気はないのです。貴方の言葉は彼らには理解しようもなかった」


そう言って手錠を外してくれる。


「単刀直入に、トーマ。貴方は明らかに我が国の民ではありませんね。どちらからお越しに?」


「あぁ、気づいたら路地にいて。きっとこの国というか、この世界の外側から来たと思うんだけど」


「貴様!言葉を慎まんか!この方をなんと心得るか」


さっき俺を殴った男。


思ったよりも年を食っているようだ。


四十歳後半くらいか。


「落ち着きなさいガスパール。構いません」


「しかし姫様」


「ガスパール」


「は、申し訳ございません」


すごすごと退がるガスパール氏だが、敵意のある目線をこちらに向けたままではどうにも説得力がない。


シャルルもそう思ったようで、困ったように微笑むと、こちらに目を向けた。


「あー、姫様って言うのは‥?」


「はい、わたくしはアドミラル・ド・シャルドレアの娘にして、シャルドレア王国の姫。アドミラルは第7代目の王です」


「7代目」


「はい。この国は少し前まで、戦争中でしたので。それでトーマ。貴方は世界の外側から来たと仰いました。どういうことなのですか」


「宇宙っていう概念はあるか。そもそもこの王国は惑星の一部なのか?」


「恐らく同じ概念を共有できています。意思疎通の魔法は翻訳魔法ではありません。貴方の想像する宇宙はこちらの言葉でも言語化可能なモノのようです」


「そうか。俺はその宇宙の太陽系第三惑星地球という星の日本という島国から来たんだ。たぶん」


「太陽系‥‥」


「聞いたことのない惑星です。この者の言うことも信用できませぬ」


「ガスパール。我が天文部は未だ発展途上。広い宇宙のどこかにあるかもしれません」


「それはそうでございますが」


「それでトーマ。どうやってここに」


「それがわからなくて。気づいたらここにいたんだ」


「そうですか。なにか、地球の情報はありますか」


地球の情報って言っても寝巻きのままなこの状況で、これという情報はない。


‥いや、待てよ、ポケットに携帯が入りっぱなしなら。


「地球の写真があるよ、シャルル」


「貴様!シャルミナ姫と、そう呼ばんか!」


「ガスパール‥。私がシャルルと呼んでほしいとお頼みしたのですから」


ガスパール氏はよほど献身的な執事か何かなんだろうな。


そう思いながらスマートフォンの中にあるスカイツリーの写真を開く。


それを手渡しながら部屋の中をちらりと見る。


広い部屋だ。


会議室のような。


だが、人気はない。


この2人だけ。


「トーマ!この塔はなんで大きいのでしょう!どのくらいの大きさなのですか?」


「634メートルだったかな」


「まぁ!我がシャルドレア王国の最大の塔でも120メートル。凄く文明が進んでいるのですね」


確かに、この国は良くも悪くものんびりした印象を受ける。


決して後進国という感じじゃないが、時代として逆行した感じを覚えるのは科学文明の未発達なせいだろう。


「いや、でも、地球には魔法はないんだ。そういう意味じゃ、ここの方が進んでるよ」


「魔法なしでこの塔を建てたのですか」


本当にびっくりしたようで、色白の頬を仄かに染めて琥珀色の瞳を大きく見開いている。


「あぁ。科学文明って、呼んでる」


「あの‥ごめんなさい、なんで仰いました?」


「科学文明だよ」


「カガクブンメイ‥私たちの概念にはないようです。魔法が上手く機能しないですから」


なるほど。


お互いが同じものを指している別言語であれば意思疎通が可能だが、どちらか一方しか知らない概念への単語は音声として聞き取れてもその意味を介することは出来ない。


完全にリスニング状態になるわけか。


「科学は魔法の対をなすと考えれらてるんだ。だから、魔法があるならきっと十分なんだと思う」


「そういうものなのですね。私、地球に凄く興味があります」


「ひ、姫様。このような戯言に振り回されるのは‥」


どうしたガスパール氏、歯切れが悪いぞ。


「いいえガスパール。この写真が地球の存在する証ではありませんか」


そういうと琥珀色の瞳をキラキラさせて高らかにこう言ったのだ。


「私、地球と貿易します!」

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