言えない
待ち合わせが苦手だ。どんな顔で何と声をかけて現れたらいい。
「待った?」は何だか古臭いような気がしてしまうし、「遅れてごめん」は本当に遅刻した時に使うものだろう。「久しぶり」ならまだマシか。
というか言葉はそんなに問題じゃない。見つけた先で自分を待つ相手のもとに向かう、その距離を縮めるまでの5秒間が時を止めたように長い。きつすぎ。そして会わない時間が長ければ長いほど、再会のときこの救いようのないつらさは増すと思っている。
待ち合わせ場所に必ず相手より先に到着することがせめてもの対抗策。見つけてくれと言わんばかりに改札を抜けた先の柱や壁にもたれていればいいのだ。
視界の端で忽然と現れた姿、ふるふると小さく揺れる両手を捉えた。
「やっほー」
いやあ、自分だったらやっほーなんて言葉絶対使えないよな。でも彼女が発する音の一つ一つが自然と空気に溶け込むのを耳で感じる。いつものこと。不思議。
「ああ」
周囲の雑音をシャットアウトするスマホから視線を外すと、やっと気がついたかのように顔を上げた。思わず間の抜けた声が出たが、よし、これでリアル。
「また猫背」
「スマホ見てるとしゃーない」
「あれ、前に会ったのいつだっけ? 6月?」
脈絡という概念がこの世に存在しないかのような会話を続けながら、3か月でずいぶんと大人びたななんてぼんやり考えていた。服装? 化粧変えたとか。まあ他人の化粧の違いなんて言われてもよく分からないけど。この短期間で何があったお前。
「でも予定空けてくれてありがとね。久しぶりに会えて超嬉しい」
「まあ夜は暇だし」
「デートだデート」
「いやそういうのいいから」
普段使わない破顔一笑なんて四字熟語が浮かんで消えた。何がそんなに楽しいんだ。表情筋疲れないのかしら。ふんわりと咲くその顔をめちゃめちゃにしたいと思うことがある。たまにだけど。
それから喉に引っかかっているものをごくりと飲み込む。
彼女は笑った。
「いいなあ」
「何が」
「こうやって他愛もない話をできるのいいなって」
「はあ」
食事を済ませたテーブルの上、指先で前髪をくるくるともてあそんでいる。そういえば顔を合わせた時から思っていた。切ったな。切りすぎたな。ころころと笑うたびに眉毛の上で不自然な長さが揺れる。おそらく彼女にとってはネタにしたくないほどの失敗なんだろうけど、かわいい。
「ほんと大好きなんだからね、分かってる?」って冗談まじりに詰め寄られるのは嬉しい。真実かどうかは定かでない。が、きっと嘘ではない。でもこんなに近くにいるはずなのに、どうしてこうも寂しい。
別れ際に手を挙げるたび、「ああ、今日も言えなかった」と悔やむが、今日も変わらず。普段も特段こといったことがあるわけではない。でもこの拙い言葉で何が伝わっているのか分からない。彼女はこうもたくさん与えてくれるのに。自分もあんな風にしがらみに捕らわれることなく届けることができたら、これから先どれだけ楽に生きられただろう。彼女の笑顔が密かに影を落とすのも知っていたし、自分の答えが不正解だと自覚していたのに。くるりと踵を返す姿に唇を噛み締める。
「あ、そういえばさ!」
無意識に声を上げていた。はらりとスカートの端が揺れて肩越しに目が合う。
「おめでと、23歳。おととい誕生日だったっしょ。言うの忘れてたわ」
ああ、ごまかしがきいてない。忘れてたなんて嘘だ、ずっと考えてた。顔を合わせたらすぐ伝えようと思っていた。てか忘れてたって失礼だなおい。思い出したかのようにさらっと口にしたかったのにほんと下手。なぜ彼女のようにナチュラルな言い方ができないのだろう。というかたかがおめでとうの一言、1年に1回くらいちゃんとやれよ。そもそも何だこれ、恥ずかしがってんの? 何でこんなことすら言えないんだ? 自分の不器用さが忌まわしく、彼女の素直さが妬ましい。
「ありがと」
でも友人はずっと昔からあったかのような顔をして、2人の間にもんやりたまるぎこちなさを吹き飛ばすように小さくふうと笑った。
私は彼女の笑顔に甘えている。




