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世界一安全な国②

 何事にも終わりというのは訪れるものだが、それはあまりにも唐突だった。

 あるとき、太陽の黒点が大爆発を起こし、放出された大量の荷電粒子が、地球へ巨大な磁気嵐を発生させた。各国へ降り注いだ見えない暴風雨は、デリケートな電子機器を軒並み故障させたのだ。

 そしてそれは、世界一安全な国も例外ではなかった。


「ん? なんだ?」

 交差点の先頭で停止していた車のドライバーは、目の前の赤信号が突然消えたことに驚いた。

 最初はちょっとした故障かと思ったが、周囲のざわめきを目にして、他の信号機も全て消えていることに気がついた。それまで電飾のように光り輝いていた緑や赤のランプが、一斉に灰色へと変わっている。全ての信号システムが、シャットダウンしたのだ。

 これにはドライバーも通行人も、みな一様に動揺を隠せない様子だった。帰宅ラッシュの時刻を直撃したことも重なって、夕間暮れの街は人々で溢れかえった。

「どうしたのかしら?」

「信号がつかないぞ」

「どうなってるんだ?」

 通常、数箇所の故障であれば、最寄りの警察官が来て、手信号による慎重な誘導をするのだが、ここまで大規模では手のつけようがなかった。政府も状況把握に努めようとしたが、前代未聞の事態には、とても対応しきれない。そもそも、国費の大半を信号機の設置に使っていたため、公務員の数が圧倒的に足りないという事態にも陥ってしまっていたのだ。

 一方で国民の大半も、信号機のない生活など経験したことがなかったため、この状況に酷く混乱し、どうしたらいいのか分からなくなっていた。

 なにしろ、家へ帰ろうにも、信号無視をすれば厳しく処罰されるかもしれないのだから、むやみに動くことは出来ない。電車も車も通行人も、緊急停止を余儀なくされ、人々は信号機と信号機の間のスペースで、立ち往生せざるをえなかった。


 しかしそれも、三十分、一時間、と経てば、苛立った人々の怒声やクラクションが街中に響き始めた。いままでであれば、どんなに多く赤信号に引っ掛かっても、いつかは青になって進むことが出来た。だからこそ、我慢も利いたのだ。しかし今は……。

「なにやってるんだっ」

「いつまで待たせる!?」

「早く指示をくれ!」

 皆、目の前の信号を渡ってもいいのだろうか? と、ずっと悩んでいた。

 そんなとき、痺れを切らした一台のバイクが、停止している車のわきをすり抜けて先頭へ移動すると、ハンドルのアクセルを吹かし、ゆっくりと前進した。

「お、おい!」

 慌てて車のドライバーが窓を開け、声を掛けるが、バイクのライダーはそれを無視して真っ暗な信号の下を通過し、交差点へ侵入した。

 何も指示ランプがついていないのだから、信号無視にはならないはずだという判断だった。


 果たして違反者を知らせるサイレンが鳴らなかったことで、固唾を呑んでいた他のドライバーや通行者たちも、それを皮切りに、道路を渡り始めた。

 その流れは、一度始まると、もう止めようがなかった。

 交差点は、網目状に隙間を縫うように車と人が行き来し、その様子を知った他の場所の人々も、同じことをし始める。

 投じられた小さな一石は巨大な波紋を起こし、自分勝手なまでに連鎖して広がっていった。

 やがて信号が機能しなくなった街で渋滞が解消すると、ドライバーたちはアクセルを踏み続けられるという快感に酔いしれた。それは歩行者もまた同じである。

 今まで出来なかった『進み続けられる』ということに、誰もが歓喜した。

 けれど、そうなれば、当然のように事故も多発し始める。最初は何をするにも恐る恐るだったから、自浄作用も利いていたが、次第に、あらゆる場所で衝突音や悲鳴が響くようになった。

 しかし救急車やパトカーは一向に現れない。システム障害で混乱しているというのもあったが、やはりここでも、圧倒的な人手不足という事態が生じていたからだ。

 警察が来ないと分かるや、なりを潜めていた強盗団も千載一遇のチャンスとばかりに、街の高級店を襲い始めた。建物が燃え、あちこちでガラスが割れる。

 こうして『世界一安全な国』は、一夜にして無法地帯と化し、『世界一危険な国』へと、その姿を変貌させたのだった。

――――――――――――――――――――終。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

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