世界一安全な国
あるところに、世界一安全と謳われている島国があった。
都心の市街地は綺麗に整備された道路が広がり、お洒落なブランド店が軒を連ねる。その一方で、地方の農村部は、名産品である麦が鮮やかに穂を揺らす、そんなのどかさも兼ね備えている国だった。
それだけであれば他国ともさほどの大差はなかったが、この国には他とは異なる、大きな特徴があった。
それは『信号機』の数である。
八十年程前、当時の大統領の娘が痛ましい交通事故に巻き込まれて死亡したことがきっかけだった。それ以来、車両による悲惨な事故を無くそうと、長年、大量の国費を費やして、街のいたるところに信号機を設置し続けたのだ。
道路の交差点はもちろんのこと、電車の線路、何もない一直線の田舎道ですら、少なくとも百メートルおきには必ず設置されていた。
信号機には最新のコンピューターシステムが備わっており、通行する車両は、最低でも必ず二つに一つの割合で、赤信号に引っ掛かるように出来ていた。例えば、車を運転している際に目の前の信号が青だったとき、次の信号は必ず赤になるのだ。これは、信号機の横に設置されたカメラが、車両一台一台を認識、記憶し、通過してきた道のどこで赤信号に引っ掛かったかを即座に判別することが出来るからである。
もし、信号無視や速度違反などをする者が現れたなら、すぐさまカメラが異常を察知することでサイレンが鳴り響き、メインコントロールシステムの管理室へと連絡が入る。
この国では、交通違反はもっとも重大な犯罪として処罰されるのだ。
飲酒運転など言語道断。速度超過ですら、死刑になることがある。そしてそれは、たとえ外国人でも容赦は無い。
だからこそ、人々はきちんと交通ルールを守り続ける。待ち合わせや、到着時刻の遅れなど、さしたる問題ではないのだ。人命のためならば、何を犠牲にしてもかまわない。ただし、交通ルールを犯す者以外は……。それが、この国の常識だった。
このシステムと法律は、他の犯罪をも激減させていた。
例えば、強盗団が宝石店を襲撃し、金品を奪ってバラバラに散ったとしても、裏道や脇道、四方八方あらゆる場所に設置されている信号機のカメラが、必ずその姿を捕らえる。逃走の足として車やバイクを使おうにも、車両による交通違反は死刑の可能性もあるから、悪党といえど、赤信号ではきちんと止まらざるを得ない。当然そんなことをしていれば、警察から逃げることはまず不可能――というわけである。
結果として、犯罪件数は他の先進国と比べても格段に少なく、交通事故による死亡者も、三年連続0人という快挙を達成していた。
各国の高級ブランド店がこぞって出店していることからも計れるように、名実の揃った世界一安全な国が、そこにはあった。