シーン8
放課後の図書室は、世間一般に思われているほど静かではない。
僕の通っている学校では、という注釈がつくかもしれないが。
同じ校舎の中にあるのだから、音楽室みたいな防音施設でも取り付けない限り、図書室の外で広がる放課後の喧騒が、どうしても聞こえてしまうのだ。
それでも、わざわざ図書室内でしゃべる人がいないからか、本を読むのにそれほど支障があるうるささというわけでもなく、少なくともあの街灯の下よりは、暖房が効いている分こっちのほうが快適かもしれない。
そんな図書室の中で、僕は本を読んでいた。
本好きな僕らにとって意外なことだったが、ここに有香との思い出はない。
僕と有香は、付き合っていることを隠していたから、校舎の中に思い出の場所がほとんどないのだ。
それだけに、あの街灯の下という場所が特別になる。
僕は有希との最初で最後のデート以来、あの場所へ行くのをやめていた。
そうなると当然、有希とも顔を合わさなくなるわけで、彼女ともそれ以来会っていない。
有希はどうしているのだろうか。
そう考えかけた僕は、慌ててその考えを掻き消す。
考えても仕方のないことだ。
そして気づくと、ページを最後までめくってしまった僕がいる。
どうやら文字だけは追っていたが、内容は全く頭に入れてなかったようだ。
どこまで読んだのか探すのも億劫で、僕はそのまま本を閉じた。
読書。やめようかな。
ふと、考える。
来年からは高校三年生だ。そろそろ受験の準備を始めている友人たちはたくさんいる。むしろ僕は遅い方だろう。
だから、受験勉強に専念して、本はもうやめよう。
考えてみるとそれは、なかなかいいアイデアに思えた。
そうと決めたら、ここで本も読まずただぼうっとしている時間ももったいなく思えて、僕は読みかけの本の貸し出しもせずに、そのまま棚に戻して図書室を出た。
学校を出て、いつもの通学路。
僕はあの街灯の下へとたどり着いた。
行かなくなったとは言ったが、通学路の途中だ。通ることぐらいはする。
つい、その街灯の下に有希がいるんじゃないかって、ここを通るたびに考えてしまう。
そしてその度に、いるのは有香のほうが嬉しいんじゃないか? とか、まだ有希は幽霊探しをしているのではないか。とか、余計なことを考えてしまっていた。
迂回路がないわけではないけど、かなりの大回りになってしまうから仕方なく通っているなんて、誰に言うわけでもない言い訳をしていたが、それも今日でやめるべきだろう。
いつもより早めに学校を出ただけあって、まだ道は明るくて、街灯もまだ辺りを照らし始めていない。
そんな街灯の下に僕は立つ。
「じゃあな。有香」
いるかわからない幽霊に、僕は言う。
何か、肩の荷が下りたような気がした。
今この瞬間に、僕はようやく有香がいなくなってしまったことを受け入れられたのかもしれない。
少しだけ晴れやかになった気分で、僕は彼女との思い出の場所から立ち去った。
次の更新は明日。