シーン7
近場を優先してしまったせいで、ディスティニーランドののような大きな遊園地というわけではないけど、それでも遊園地は遊園地。
ケーキバイキングのお店から、そのまま徒歩で五分程度の、当初の予定通りの順路だ。
遊園地なんて、子供のころに家族旅行で行ったきりだから、僕は少しワクワクしながら入場ゲートをくぐった。
「まずは、何をしようか……」
と有希に聞こうとして、僕は途中で言葉を変える。
「まずは食休みかな?」
制限時間有りの食べ放題の宿命と言っていいだろう。食べ過ぎ。
この間のお昼のお重の時同様に苦しそうにうめく有希に声をかける。
「うん……ヒロがそう言うなら仕方ないね」
なんて返事をする有希だが、その実あからさまにほっとしていた様子だ。
いきなり出鼻をくじかれた気分だが、こんな調子で有香が思わず嫉妬してしまうような、ムードのあるデートなんてできるのだろうか。
そう不安になりながら辺りを見回していると、ふと高いビルの屋上で回っている観覧車が自然と目に入った。
「せっかく来たのに何もしないのももったいないから、あれに乗って休憩しようぜ」
「えー」
我ながらいい提案だと思ったのだが、有希はどうやら不満らしい。
「ああいうのは夕方に乗って、綺麗な景色のところでキスするって言うのが恋人同士ってものじゃないの?」
「あー、なるほど」
キスはともかくとして、たしかにデートコースを決めるために参考にした雑誌や、現代ものの恋愛小説にはそんなシーンがたくさんあった。
しかし、僕は言葉を続ける。
「けど、一回しか乗っちゃいけないって理由もないだろう?」
「あ、たしかにそうだね」
有希は僕の言葉に納得したのか、頷く。
そして、決まれば早いのが有希だ。
「早速行こう!」
伸ばされた手が、僕の手を掴む。
今日は暖かい手に僕は安心しながら、先ほどまでの苦しそうな様子はどこへ行ったのか、駆け出していく有希に手を引かれるがまま観覧車まで走っていく。
そうして乗った観覧車では、上から遊園地全体を見下ろして「あれとあれとあれとあれに乗ろう!」とこの後乗るアトラクションを有希と決めたり。
観覧車の中で休んで復活した有希と乗ったジェットコースターでは、乗っている途中で写真を撮ってくれるサービスがあったので、係員におすすめされたお互いの手と手を合わせてハートマークを作るポーズを取ったり、上手く撮れていなくて何度も挑戦したり。
僕がそれで疲れてしまって休憩を申し出ると、ケーキバイキングであれだけ食べたのに、また屋台で出ていたクレープを、今度はあーんなしで食べたり。
有香をおびき寄せるためとはいえ、僕と有希の最初で最後であろうデートの時間は、楽しさであっという間に過ぎていった。
「ちょうど夕方の景色がいい時間だし、そろそろじゃない?」
手をつないで歩いている途中、有希が言った。
僕は頷いて、彼女の手を引いて観覧車まで歩いていく。
順番を待っている間は色んなことを話していたのに、係員に案内されて互いに一つのゴンドラに入った瞬間に、僕は不思議と何も言えなくなってしまった。
脳裏に浮かぶのは、やっぱり定番なのだろうか「キス」という言葉。
恥ずかしいのか気まずいのか、有希と目も合わせられなくて、ただ遠ざかっていく地面を僕は見ていた。
そして、何とはなしに今日のデートを振り返ってみる。
楽しかった。
しかし、どうしても比べてしまうのは有香とのこと。
有香とのデートに比べて、今日はどうだったんだろうか。
ちらりと、有希のほうを見る。
有希もまた、遠ざかっていく地面を見つめていた。
その横顔に、僕が感じているもの。
それは、僕が有香に感じていたものと同じだということに気がついた。
作戦なのに、僕は本気で有希を好きになりはじめている。その罪悪感に胸が一杯になって、僕は知らずうちに手を強く握りしめていた。
そうしているうちに、見られていることに気がついたのか有希がこちらを向く。
夕日のせいか、いつもより赤く染まった有希の顔。
ゴンドラが間もなく最高高度に達するというアナウンスがこの狭い個室の中に響いた。
それを聞いた有希が急に立ち上がり、ゴンドラが軽く揺れる。
怖いって叫びたくなるほどじゃないけど、少しヒヤッとするくらいの恐怖感を感じると、安心させるかのように僕の隣に入ってくる暖かさ。
隣に座った有希は何も言わずに微笑んだ。
そして、夕日が差し込むゴンドラの中で、徐々にその顔が近づいてくる。
キス。その一言が頭の中で響いていた。
有希が目を閉じた。
指三本程度しかない距離にある有希の顔。
ぼやけていくその顔が有香のそれと重なった瞬間、僕は無意識に彼女の肩を掴んで遠ざけていた。
「ヒロ……?」
不安そうな有希の声に僕は我に返った。
「ごめん!」
慌てて謝ったが、その相手はどっちだったのだろう。
有希? それとも、有香?
わからないまま、僕の口から言葉が零れ落ちる。
「やめよう。こんなこと」
最初から止めるべきだったんだ。
好きでもない男と、こんなことをさせて、何が幽霊をおびき寄せるだよ。
未だに有香にしがみついている自分が情けなくなる。
有希は、何も言わなかった。
そしてゴンドラが地上につき、係員が扉を開けると、僕が止める間もなく有希はそのまま走り去っていってしまった。
追いかけようかと思ったが、それすらも迷って、僕の足は動かないまま、僕は頭上を見上げる。
赤い夕焼けはもうすでにそこにはなく、いつもの街灯の下で見るような、暗い夜空の色が空一面に広がっていた。
次の更新は明日。